カイオン
獣人族たちとは午餐、セルヴィ王国とは晩餐をそれぞれ企画されている。
その午餐の前に、リュウヤはカイオンに稽古をつける。
「結果はわかっているけど・・・」
と言いつつ、その様子を見にくる者も多くいる。
鬼人族の3人、モガミ、キヌ、シナノも見物に来ている。
「タカオ殿に聞いたが、あの者は幾度となく稽古をつけてもらっているそうだ。」
その度に叩きのめされているが、とも続ける。
そして、その予想は当たる。
小一時間の稽古の間、カイオンはただの一度もリュウヤの身体に当てることができない。
一度攻撃するのに、五度の打ち込みを受ける。
「まだ、守りが甘いな。攻撃は、以前よりも鋭くなってはいるが。」
クタクタになり、倒れているカイオンに感想を伝える。
「キヌ相手なら、三本に一本は取れるかもな。」
呼吸が整い、むくりと身体を起こすカイオンは、
「その、キヌ殿とは?」
そう尋ねる。
リュウヤは稽古場の一角にいる3人の鬼人族を示し、
「あの中で、一番背が低い男だ。」
そう教える。
背が低いとは言っても、あくまでも鬼人族としてであり、他種族を加えるならむしろ高い方になる。
「では、あのキヌ殿と互角に渡り合えるようになるのが、当面の目標とさせていただきます。」
「それがいい。なんなら、本人に稽古相手になるように伝えておくぞ?」
「いえ、稽古相手にしていただけるのならば、タカオ殿にお願いいたします。」
先程は"互角に渡り合えるようになる"と言っていたくせに、本音はキヌを超える腹づもりだったようだ。
「わかった。タカオに相手をするように伝えておこう。」
リュウヤはそう答え、カイオンの手を引っ張って立たせる。
「風呂を用意させてある。汗を流してから午餐に来るといい。」
「御心遣い、感謝いたします。」
カイオンは、ややふらつきながら訓練場から出て行く。
それを見送ったリュウヤは、モガミたちのところに足を運ぶ。
「お疲れ様でございます、陛下。」
リュウヤが全く疲れていないことはわかっているが、それでも"お疲れ様"の言葉を口にする。
「お前たちはどう見た?」
リュウヤが感想を尋ねる。
「見所はあります。なかなか鋭い攻撃もありました。
それに、諦めない闘志も見事なものです。」
モガミは、まだまだ自分の相手にはならないと見ているからか、冷静な感想を述べる。
「陛下相手じゃ、あの攻撃は通じないが俺には、なかなかキツイ攻撃でしたよ。」
とはシナノ。
「まあ、守りが甘いんで、俺の攻撃を受けたり流したりはできなさそうですがね。」
シナノも、戦士としてのタイプが違うからか、なかなかに冷静である。
「まだまだ伸びるのは確かでしょう。ですが、追いつかせませんよ、絶対に。」
体格、戦士として似たタイプであることから、追って来るライバルと認定したようだ。
「丁度よかったな。カイオンには、キヌ相手なら三本に一本は取れると言ったからな。
追い越されぬよう、精進しろよキヌ。」
「わかりました。ですが、そのためには陛下にも助力をお願いいたします。」
「それは、稽古の相手をしろと、そういうことかな?」
キヌは無言で頷く。
「わかった。なるべく多くの機会を作るとしよう。」
リュウヤはそう答えると、午餐の会場へと向かう。
☆ ☆ ☆
獣人族各種族代表と、すでに移住している獣人族各種族代表が参加する午餐。
リュウヤとサクヤ。アナスタシアとナスチャ、エストレイシアとフェミリンス、ギイとアイニッキ、ミーティアとラティエが、龍王国側として参加している。
カイオンも獅人族代表として参加している。
「カイオン、タカオはいつでも相手をするそうだ。」
「よろしいのですか?」
タカオはリュウヤの近衛隊長。
そんな立場の者がいつでもいいとは・・・。
「タカオは快く引き受けたからな。遠慮はするな。」
「あ、ありがとうございます、陛下!」
感激している様子のカイオンを見て、サクヤが笑いを堪えている。
"あれを快くなんて、リュウヤ様は・・・"
リュウヤとタカオのやりとりを知っているサクヤは、タカオに同情してしまう。
なにせ、
「タカオ、明日からカイオンの稽古相手になれ。」
リュウヤが決定事項として宣告していた。
「近衛隊長としての職務は?」
「獣人族がいる間は、ミカサにやらせる。」
あっさりと答えるリュウヤ。
「あ、あの、俺にも立場というものがあるのですが・・・」
「ああ、それは大丈夫。ミカサにはあくまでも代行だと言ってあるから。」
言ってあるってことは・・・、
「いつから決めていたんです?」
「カイオンがメンバーに入ってるのを知ったときからだな。
丁度、カイオン本人からも指名が入ったからな。
しっかりカイオンを鍛えてやってくれ。」
「そんなに前から決めてたなら、なんでもっと早く言わないんですか!!」
「他の奴を指名したら困るだろう?
だから、確定してから伝えたんだ。」
「いや、ですからそこに俺の意見は反映されないんですか?」
「どうせ暇なんだろ?この冬の間は、俺も国外に出る予定はないし。」
「ですが、あのカイオン相手ですよ?
倒されても倒されても向かって来る、"疲れ知らずのカイオン"なんですよ?」
倒されても倒されても、リュウヤに立ち向かう姿から龍人族の間では"疲れ知らずのカイオン"と呼ばれている。
「疲れ知らずとは大袈裟な。一時間も相手をしたら、立ち上がれなかったぞ、さっきも。」
「いや、それは陛下だからできることで、俺たち相手じゃ一日中立ち上がってきますよ!」
リュウヤの絶妙な手加減と、ダメージの与え方があればこそ、一時間で済んでいるのであって、タカオにはそこまでの名人的な技量はない。
「俺も、来賓の相手をしなければならんからな。
だから、カイオンは任せる。」
タカオは完全に押し切られ、天を仰いでいた。
「サクヤ様、どうされたのですか?」
笑いを堪えているサクヤの様子に、アナスタシアが不思議そうに尋ねる。
「いえ、なんでもありませんよ、アナ。」
サクヤはアナスタシアに笑顔を見せながら答える。
「カイオン、貴方は本当に戦うことしか頭にないのね。」
呆れて熊人族のアミカが言う。
「おお、その通りだ。それの何が悪い。」
開き直りとも取れる言葉に、アミカは呆れている。
だが、そのカイオンを頼もしく思っているのも事実だ。
今は小康状態にあるとはいえ、神聖帝国との戦いは激化することが予想される。
その時、カイオンはその武力を大いに奮うことだろう。
それは、獣人族の勝利に近づくことでもあるのだから。
そして、カイオンを道化として揶揄うことで、不安から逃れる心理もそこには働いている。
カイオンもまた、自身を道化とすることで同胞の不安を和らげることができるならと、進んで揶揄われる役割を担っていた。