リュウヤとサクヤ
フィリップに宣告したように、結婚することを正式に発表してから、リュウヤとサクヤは同じ部屋で過ごしている。
リュウヤは結婚式を挙げてから、そう主張したのだがアイニッキに押し切られた。
「別に、結婚式までに子供を作っても良いのですよ。」
の一言で。
その言葉に顔を真っ赤にしたサクヤに、
「ねえ、サクヤちゃん。」
と同意を求めるという追い打ち付きだった。
これでリュウヤに同調する者はいなくなり、むしろ早くリュウヤ二世の誕生を望まれることになった。
そして、酔い潰れたサクヤをベッドに寝かせたリュウヤは、ひとりバルコニーに出て酒を飲む。
雪は止んでいるが、冷たい風が頰を撫でる。
考えなければならないことは多い。
特に頭を悩ませているのは、サクヤに話すべきかどうか。
そう遠くない未来に起こるであろう戦いのことを。
フィリップには"無慈悲なる者"と告げた。
その者の呼び名はいくつかある。
"断罪者"、"告死者"、"嘆く者"などだ。
リュウヤは大きく息を吐く。
「恨めしくなるな。」
過去、始源の龍の復活に供された魂と融合したこの身が。
知りたくもないこと、知らなければよかったと思えることすら、融合された魂の記憶として自分に流れ込んでくる。
この世界に来て2年近く。
どうしても、その記憶が流れ込んでくる感覚に慣れない。
わずかずつ流れ込んでくる時はいい。
だが、一気に大量に流れ込んでくると、眠れなくなる。
今夜のように。
そうなると、どうしても酒の力に頼ってしまう。
「スパコン並みの処理能力が欲しいよ、俺の頭にも。」
無い物ねだりはわかってはいるが、愚痴りたくもなる。
何度目かの葡萄酒を煽る。
「御身体に障りますよ?」
いつもなら、ここまで近づく前に気づけていたのだが、酒のせいか大量に流れ込んでくる記憶のせいか。
サクヤはリュウヤに上着をかけ、手を握る。
「ほら、随分と冷たくなっていますよ。」
サクヤの手の温もりが心地良い。
「そうだな。中に戻ろう。」
「はい。」
一緒に室内に戻るが、サクヤはリュウヤの手を握ったまま離そうとしない。
ベッドに隣あって座る。
「何かありましたか?」
「何もないよ。」
「嘘です。」
サクヤはきっぱりと言う。
「何もなくて、あのような寒いところでお酒を飲むなんてありえません。」
リュウヤの目をじっと見つめている。
暫しの沈黙。
やがて根負けしたように、リュウヤが口を開く。
「心して聞いてくれ。」
リュウヤの話し始めた内容に、サクヤは真剣に耳を傾けていた。
☆ ☆ ☆
「祭りの前にする話ではなかったな。」
話してしまったことの感想を、自嘲気味に口にする。
「まだ、全ての記憶が流れ込んできているわけではないからな。
新たに知ることもあるだろう。
今の段階でわかることは、より悪い状況になる可能性が高いということ。
俺にできることは、少しでもその時の被害を抑えるべく準備をする、それだけだ。」
サクヤはリュウヤの手を力強く握る。
「正直言って、どうなるかはわからない。
それでも、ついて来てくれるかな?」
「はい。」
サクヤは即答する。
「リュウヤ様。リュウヤ様をこの世界に呼んだのは、私ですよ?
それなのに、リュウヤ様が背負った荷物が重いからといって、離れるなどということはありません。
いえ、リュウヤ様の背負った荷物を、私にも一緒に背負わせてください。」
真剣に訴えているサクヤの手を握り返し、
「ありがとう、サクヤ。」
そう感謝の言葉を述べる。
そして、
「サクヤ。もしかして俺の抱えていたことを、知っていたんじゃないか?」
自分が話した内容は、サクヤたちにとっては相当に衝撃的なものだったはず。
それなのに、サクヤは驚いた表情を見せてはいない。
慌てて目を逸らそうとするサクヤに、
「シヴァか。あのお喋りめ。」
「え、あの、その・・・」
しどろもどろになるサクヤ。
その態度で、誰が話したかバラしたようなものだが、本人は気づいていないだろう。
本当に嘘がつけない、腹芸ができないことは変わらない。
「カルミラ様たちが来た少し後に、シヴァ様よりお話を聞いていました。」
サクヤは白状する。
すると、サクヤはカルミラ達が来た理由も知っているのだろう。
「雪祭りが終わったら、龍人族全員に話さないといけないな。」
いや、ギイたちドヴェルグにも話をしなければならないだろう。
だが、アールヴたちはどうだろう?
エストレイシアたちデックアールヴは旗幟が鮮明だ。
彼女たちには話をする必要があるだろう。
だが、フェミリンスをはじめとするリョースアールヴはどうだろう?
それにエルフやドワーフたち。
「悩みは尽きないようですね、リュウヤ様。」
揶揄うようなサクヤの口調に、リュウヤは笑う。
「まったくだ。困ったものだが、考えることがあるというのは、多少は気がまぎれる。」
考えることができるというのは、なんとかなる余地があるということでもある。
「そろそろ休むとしようか。」
記憶の大量流入も、ようやく落ち着いて来たようだ。
「はい。朝にはしっかりと目を覚ましていないと、皆に笑われてしまいます。」
そう言って互いに笑うと、一緒にベッドへ横になる。
やがてふたりは微睡みのなかに落ちていった。