晩餐会とハーディ
リュウヤ主催の晩餐会。
あくまで私的なものとしているのは、まだこれからくる者たちがいるためであり、それらの者たちへの明確な区別でもある。
龍王国側の出席者はリュウヤとサクヤ以下、アナスタシア、アデライード、フェミリンス、ギイとアイニッキ、クリスティーネらオスト王国の三名。レティシアとアデリーナ。
大地母神神殿聖女派より、ユーリャとアリフレートも参加している。
イストール王国側は、フィリップ王子とエガリテ翁、ジュディト嬢にアシルを中心として、主だった者が参加している。
取り仕切るのは執事アスラン以下、リュウヤ付きの侍女たち。
参加者の中に、鬼人族や夢魔族、吸血鬼族の参加は、侍女以外では見送られている。
友好国であるイストール王国が、必要以上に警戒感を抱かないようにするための配慮でもある。
リュウヤとフィリップ、互いに挨拶を軽く済ませると晩餐会へと入っていく。
「ほうっ!」
そう感嘆の声をあげたのはエガリテ翁。
「長く生きて、それなりに美食というものを堪能してきたつもりですが・・・」
そこで言葉を切り、
「味わったことのない調理法ですな。」
この世界での調理法は主に四つ。
"焼き・茹で・蒸し・煮る"である。
これは食材の保管方法が未熟だった時代の、地球でも基本的には同じである。
食材の傷みによる食中毒を防ぐために、よく火を通すというのも同様である。
龍王国ではそれにリュウヤが"揚げ・炒め・炙り・和え"を持ち込んでいる。
更に、和食の技法である出汁を取るという技法も持ち込んだことにより、味に奥深さを加えている。
「たしかにこれは、味わったことがないな。」
フィリップも感嘆の声をあげ、
「これはリュウヤ殿が?」
と問いかける。
「アイデアは出したし、試作にも協力はした。
だが、今回のような形に昇華させたのは料理人たちだ。」
リュウヤは料理人たちを褒めることを忘れない。
フィリップからすると、そこまで褒めることはないだろうと思うが、これは双方の認識の違いだろう。
それは、アイデアを出す方に価値を見出すか、アイデアを実用化する方に価値を見出すか。
フィリップは前者であり、リュウヤは後者である。
これは、「卵が先か、鶏が先か」という議論に似たものがある。
アイデアが出なければ実用化以前の問題であり、実用化できなければどんなに良いアイデアも、無駄になる。
「これは、油で揚げたものか。」
薄く切った仔牛肉に衣をつけて油で揚げた、地球であればドイツやオーストリアで食される"シュニッツェル"に近いものを口にして、フィリップは唸る。
更に、小海老に衣を纏わせて揚げる"かき揚げ"のようなもの。
「サクサクして、面白い食感ですわ。」
そうジュディト嬢は口にするが、やや考えて、
「先程の仔牛肉のものとは、違う油を使われていますね。」
その言葉に、料理の説明を行うためにこの場にいるジルベルトが、
「さすがでございます。それぞれ、オリーブ油と菜種油で使い分けております。
そしてもう一品。」
出てきたのは山菜を揚げたもの。
「こちらは、胡麻油を使っております。山菜の苦味と胡麻油の香りが合わさり、美味なものと自負しております。」
これもサクッとした食感に、鼻腔をくすぐるような胡麻の香り、そして山菜の苦味が混ざり合い、食する者を飽きさせない。
そしてデザートとして出てきたものは、果汁を凍らせて作ったジェラート。
「本来ならば、冬の間に出すものではないのですが、油ものを口にした後の口直しにと、このようなデザートを用意させていただきました。」
ジュディト嬢はジェラートをスプーンですくい、口にする。
「これはいったい?」
「これは、柚子の果汁に蜂蜜を混ぜて凍らせたものです。」
柚子の爽やかな酸味が口の中の油を流し、その後に蜂蜜の甘味がやってくる。
「とても美味しくいただきました。」
ジュディト嬢がジルベルトに声をかける。
「見たことのない料理ばかりだが、とても美味かった。
うちの料理人にも学ばせたいものだ。」
フィリップの言葉は、ジルベルトにとって最高の賛辞だろう。
「まったくですな。もしよろしければ、このレシピが欲しいものでございます。」
エガリテ翁は商売人らしい言葉を告げる。
「レシピでしたら、ご所望であれば帰国日にお渡しいたしますよ。」
ジルベルトの言葉にイストール王国側の者たちは驚く。
このような物は、国外不出以前に、その一門のみに継がせるものだ。
それを惜しげもなく外に出すとは!
「リュウヤ陛下の方針でございますから。」
とはジルベルトの言葉。
フィリップはリュウヤへと向き直り、
「随分と気前がいいな。」
そう口にする。
"本意はどこだ?"、その口調がそう物語っている。
「美味いものが世界に広がるのは、とてもいいことだと思うが?」
リュウヤはあっさりと答える。
他意はない。
この地から発信されたものだとしても、それが広がっていくうちに、広がった先の食文化と融合して、より良い物へと進化していくかもしれない。
むしろ、リュウヤはそのことに期待している。
リュウヤとフィリップの間に流れる沈黙の時間。
「そういうことにしておいてやろう。」
フィリップはそう口にする。
フィリップには、リュウヤが何か企んでいるように見えるようだ。
「他意はないんだがなあ。」
とはリュウヤ。
ふたりのやりとりに、
「殿下、そのような人の悪いことを言われると・・・」
ジュディトがフィリップを宥めようとするが、
「ジュディト、お前はこの男の正体を知らないからそう言えるのだ。
この男は俺が知る限り、最も酷い悪巧みをする男だぞ。」
そうフィリップは言い、
「あまり褒めるな。照れるじゃないか。」
しれっとリュウヤは受け流す。
受け流され、むすっとするフィリップ。
ここでリュウヤが真顔になる。
「?!」
何が起きたかと注視されるなか、
「アスラン。賓客が来たようだ。
出迎えに行ってもらえないか?」
リュウヤに言われて、その賓客の到来に気づいたアスランが、恭しく一礼してから退室する。
「リュウヤ殿。賓客とは誰のことだ?」
フィリップの当然の問い。
賓客といえば、本来なら彼らのことを指すのだから。
「シヴァの同類。いや、妹だったっけな。」
シヴァ、始源の龍の同類・・・、いや、妹?
フィリップたちイストール王国側の参加者は、互いの顔を見合わせている。
アシルなどは最も視線を集めていたが、答えられずにいる。
そこに、扉を叩くということもせずに、いきなり扉を開ける者が現れる。
「妾が来たというのに、出迎えにも出てこないとはちと寂しいというものぞ、リュウヤよ。」
どのような光も通すことのない漆黒の髪を持ち、処女雪のような白い肌を持つ美少女姿のハーディ。
「アスランを迎えに出したのだが、行き違ったのか?」
「あやつには、手土産を渡しておいたからの。
その片付けに走り回らなければならぬようじゃったぞ。」
「手土産?いや、アスランは何人か侍女を連れて行っただろう?
それが走り回らねば片付かないって、どれだけ持ってきたんだ?」
「お主が、海のものをろくに食べておらんと聞いたでな、それなりのものを持って来ただけじゃ。」
たしかに、海産物はこの世界に来てから食べていない。
だけど、それなりの海産物?
疑問に思うが、それを聞くのは正直言って怖い。なので
、スルーすることにする。
リュウヤの困惑をよそに、ハーディはテーブルの上を見渡す。
「晩餐はもう終わりのようじゃな。妾は、姉上のところへ行くことにするゆえ、後で酒を持ってくるのじゃぞ?」
言うだけ言うと、そのままハーディはかき消すようにその姿を消す。
その様子にアシルは驚き、
「まさか転移魔法!?」
そう口にする。
「そのまさかだ。見た目はともかく、皆の思っている以上の存在だよ、ハーディは。」
リュウヤのその言葉が、晩餐の終わりを告げるものとなった。