リュウヤと雪風
イストール王国のフィリップ王子とジュディト嬢。
ふたりは隣室に案内されていたが、今はフィリップのあてがわれた部屋でくつろいでいる。
「同部屋でもよいのだぞ?」
そう言われたものの、丁重に断っている。
「そういうリュウヤ陛下はどうなのです?サクヤ殿とは・・・」
そう言い返したのだが、
「結婚を正式に発表してからは、同部屋だ。」
そう切り返される。
とはいえ、流石に体の関係はないようである。
結婚式前の妊娠は避けたいという意識は、あの型破りな男にもあるようだ。
もっとも、龍人族の妊娠期間が人間と同じとは限らないが。
「あれが、龍王国のリュウヤ陛下なのですね。」
「そうだ。色々と規格外だっただろう?」
「はい。わずかな時間しかお話していませんが、殿下の仰られていたことは理解できました。」
あの場で名付けた"雪風"という名の馬への対処。
その後の世話役の元女奴隷への対応。
傷だらけなのを確認すると、すぐに医者の元に行かせ、自身は雪風の手綱を受け取って厩舎へと向かっていった。
「殿下と気心が知れているから、あのような行動を取れるのでしょうね。」
通常であれば、招待客であるフィリップたちを、伴侶になることが決まっているとはいえ、サクヤに任せたりはしない。
「そこまで気心が知れている仲ではないぞ。」
そう抗議するが、ジュディト嬢にスルーされる。
「せっかくですから、少し出ませんか?」
リュウヤとサクヤからは、自由にしてもらっても良いと、そう言われている。
もちろん、不案内な場所なので案内人は必要だが。
室内に置いてある鈴を鳴らして、イストール王国専任となっている侍女を呼ぶ。
真銀製だという鈴の音は、とても澄んだ、それでいて良く通る。
現れたのは、頭に角を生やした鬼人族の侍女アサツキ。
鬼人族を侍女として配置したのには、女性といえども戦闘種族であり、護衛の意味もあってのことである。
「あの男は、どれだけの種族を束ねているのやら。」
フィリップはそう呆れながらも、彼女の案内でジュディトとの散歩を楽しんだ。
☆ ☆ ☆
リュウヤは厩舎にいる。
自分が名を付けたじゃじゃ馬が、他人の手に負えるとは思えなかったからだ。
実際、厩舎に入れた後、ここの責任者に任せようとして離れると、雪風が暴れてしまい、宥めようとしたスタッフが怪我をしてしまっている。
今後のために鞍を用意すべく採寸しようとするも、拒否するかのように暴れだす。
「馬銜を外せ。」
その言葉に周囲のものたちは仰天する。
「こんな暴れ馬、馬銜を外したら何をするか!」
あまりイメージが湧かないだろうが、馬は噛み付く生き物だ。
それもかなり力強く。
「かまわん。雪風なりに、俺を試そうとしているのだ。
自分の背に乗せるだけの価値があるのか、な。」
厩舎のスタッフは、恐る恐る雪風の馬銜を外し、厩舎の扉を開ける。
雪風はゆっくりとリュウヤの前に歩み寄ると、挑発するように嗎、自分の背に乗れと言わんばかりに睨みつける。
リュウヤは鞍もつけぬ雪風の背に、軽やかに飛び乗る。
それがリュウヤと雪風の戦いの始まりだった。
振り落とそうする雪風と、それをいなしながらバランスを取り、操ろうとするリュウヤ。
これは本来ならリュウヤの方が分が悪い。
なぜ鞍が生まれたかといえば、馬の背中はゴツゴツとしていて座りが悪いためだし、鐙が生まれたのも、馬上にてバランスを保つためである。
馬銜や手綱が生まれたのも、馬を操りやすくするための発明だ。
リュウヤは何度も振り落とされそうになるが、その都度持ち直している。
幾度となく、そんな光景が繰り広げられる。
「なるほどな。」
これまでその背に人を乗せることを拒んできただけのことはある。
だが、それももう終わりだ。
雪風に疲労が蓄積されていっていることが、リュウヤには手に取るようにわかる。
そして、それが誰の目にも明らかになってきた頃、雪風が最後の抵抗を試みる。
だがその抵抗も難なく抑えられ、倒れる雪風。
「終わりか?」
リュウヤが見下ろしながら、雪風に話しかける。
その言葉に起き上がろうとするが、果たせずに途中で倒れこむ。
「強情な奴め。いつでも相手をしてやるから、今は休んでおけ。」
そう言いながら雪風の首を優しく撫で、悠然と立ち去る。
その後ろ姿を、呆然としたように雪風は見ていた。
☆ ☆ ☆
「終わりましたか、リュウヤ様。」
「見てたのか?」
声をかけてきたサクヤに、リュウヤが言葉を返す。
「はい。私だけではないようですけれど。」
サクヤの視線の先には幹部たちと、少し離れたところにフィリップとジュディトがいる。
軽くその方向に手を振ると、サクヤと連れ立って王宮へと入っていく。
「この後は、何があったかな?」
「リュウヤ様主催の晩餐会ですよ。フィリップ殿下たちイストール王国の方々と。」
そうだった。
「結婚を決めたと言ってても、なかなかふたりきりとはいかないものだな。」
リュウヤのこぼした愚痴に、サクヤは自然と笑顔になる。
「はい。ですから、せめて会場まではふたりで参りましょう。」
そうリュウヤの腕に、自分の腕を絡めてともに歩きだした。