名馬、雪風
招待客が龍王国に続々とやってくる。
イストール王国からフィリップ王子とエガリテ翁。
フィリップがエガリテ翁を誘ったところ、招待状を送られていたことを知り、一緒に来たのである。
「聞きしに勝るとはこのことだな。」
龍王国の国土の大半を占める、大森林の中に見える豪雪を見て、思わず口にする。
ただ、大森林の外周部の村々は、しっかりと除雪されているのか、そこまで雪は積もっていない。
特に道路は、綺麗に除雪されており、雪が跳ねる心配すらない。
「除雪作業に魔人形を使っているのか。」
これも、エルフたちが多数いるからこそできることなのだろう。
「それだけではないでしょう。」
エガリテ翁の視線の先には、壁に魔法陣の描かれた建物がある。
「あれはなんだ?」
フィリップの疑問に、同行している魔術師アシルが、
「建物の強度を高める呪紋があることは確認できます。
ただ、もうひとつある呪紋がわかりません。」
龍王国は、パドヴァの魔術師養成学校を引き継いだと聞く。
その研究成果を実用化しているのだろう。
それに、龍人族やドヴェルグ、両アールヴやエルフのような長命な種族には、それだけ培ってきた魔法や魔法道具もある。
それらの中に、雪対策のものがあってもおかしくはないだろう。
そのことに、フィリップは厄介なことだと感じ、エガリテ翁は商売になると感じている。
この両者の違いは、完全に立場の違いによる。
王族であり、軍を統括する立場であるフィリップは、龍王国の魔法・魔術に対して、軍事的な脅威と感じ取っている。
その一方で商人であるエガリテ翁は、この国の魔法道具に商品価値を認めている。
これだけ違いながらも、結論は同じだったりもする。
「龍王国と敵対しないように。」
これが両者の共通する認識でもある。
エガリテ翁からすれば、戦争状態になれば商売ができなくなり、折角の高い商品価値があるものを手に入れることができなくなる。
その一方でフィリップは、戦ったときの損害を考えて、敵対するのは得策ではないと冷静に判断する。
「殿下、あれを見てください。」
同乗している若い娘、アルトドルフ侯爵令嬢ジュディトの視線の先には、ドヴェルグと人間の混成チームが雪像作成の真っ只中にあった。
「課題は"龍"だったかな?」
「そう伺っておりますな。」
第一回目は、この国の象徴である"始源の龍"が課題かと、雪像作成しているチームを見る。
傍らには大量の雪がある。
あの雪を使って作成するのだろう。
「それにしても、豪雪すら楽しむためのイベントにするとはな。
あの男の頭の中はどうなっているのやら。」
呆れとも感心ともつかぬ言葉を口にする。
「元々、この世界の住人ではないそうですからな。
発想が違っていても、なんの不思議もありますまい。」
そう、その通りなのだ。
だからこそ、国によっては近づくことを躊躇うのだ。
あの男は、自分の常識や了見を押し付けるようなことはしないが、それも実際に接しているからわかるのだ。
接したことのない者には、それがわからない。
わからないからこそ、未知の者への恐れに繋がる。
「そういえばエガリテ翁。貴方の手土産は、この国では違法だがよいのか?」
エガリテ翁の手土産。
北方の騎馬民族と交易のある商人から手に入れた名馬と、それを世話する3人の女奴隷。
「はい。女奴隷ならば、すでに自由民としておりますでな。」
抜かりはないらしい。
「あの馬を欲しがる者は多かろうに。」
フィリップ配下の者たちも、エガリテ翁の元に行って購入を希望したのだが、悉く跳ね除けられた。
エガリテ翁にではなく、当の名馬に。
「気性が荒いものですから。騎馬民族から購入したものも、あの軽やかな走りに魅了されたものの、あの気性ゆえに手放したほどでございますからな。」
その話はフィリップも聞いている。
そして、その気性の荒さは、この道中で十分と言っていいほどに見させてもらっている。
世話役の元女奴隷3人も、生傷が絶えないほどに。
虐待ではないかと思ってしまうが、あの3人が一番マシなのだというから、他の者がどうなったのかは推して知るべしか。
そんな話をしているうちに、岩山の王宮前の広場に差し掛かる。
そこには、リュウヤが出迎えのために待っていた。
☆ ☆ ☆
「久しぶり、と言うほどでもないか。」
馬車から降りたフィリップが、そう言いながらリュウヤと握手を交わす。
「たしかにそうだな。」
リュウヤもそう言葉を返している。
出迎えに出てきたのは、リュウヤとサクヤ、アナスタシア。
そして、アデライードもいる。
「お久しぶりです、兄上。」
「ああ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ。」
フィリップに続くのはエガリテ翁。
本来なら、イストール王国王族たるフィリップの部下が先に続くのだが、出迎えにきているであろうアデライードのために、配慮されたのだ。
「先日は世話になった。」
リュウヤの言葉に、
「世話などとんでもありません。」
と返すエガリテ翁。早く孫娘と対面したいようだ。
リュウヤ側も、本来ならリュウヤの隣に並ぶのはサクヤなのだが、今日はアデライードになっている。
無論、これもリュウヤ側の配慮である。
主だった者たちとの対面を済ませると、フィリップに促されるようにエガリテ翁が合図を送ると、3人の女性が手土産である名馬を引き出してくる。
傷だらけになっている女性に眉を顰めるリュウヤに、
「その3人以外の者では、皆、その馬に蹴り殺されてしまいましてな。」
エガリテ翁がそう弁明するが、その弁明が終わらぬうちに馬は3人が持つ手綱を振り払い、リュウヤに襲いかかる。
だが、その馬の前脚の蹴りを簡単に躱したリュウヤは、こともなげに馬の巨体を組み伏せ、押さえつける。
「とんだじゃじゃ馬だな。」
そう言うリュウヤに、イストール王国側の人間たちは、極一部の例外を除いて驚いている。
ジタバタとリュウヤを跳ね除けようとする馬だが、押さえつけられたまま、身動きできない。
一方でリュウヤは、馬の身体を観ながら、
「この馬に名前はついているのか?」
エガリテ翁に尋ねる。
「いえ、誰も名をつけるには至っておりません。」
あまりのじゃじゃ馬ぶりに、名をつける以前の問題だったようである。
「葦毛の身体に、白い点がいくつもあるな。」
そう呟き、
「雪風、それがお前の名だ。」
そう言って、リュウヤは雪風の身体を解放する。
雪風と名付けられた馬は、後ろを向いたリュウヤに再び襲いかかろうとする。
「雪風。」
そう呼ばれた馬は、棹立ちになったまま動きを止める。
「じゃれ合いたいなら、後でいくらでも相手をしてやる。だから、それまで待っていろ。」
リュウヤの言葉に気圧されたかのように、雪風はすごすごと引き下がる。
はらはらしながら見ていたアナスタシアに、
「心配かけたかな?」
そう言いながら、その頭を撫でる。
「は、はい。とても。」
アナスタシアの返事を聞き、リュウヤはイストール王国の者たちに向き直る。
「雪祭りを、ゆるりと楽しまれよ。」
そう伝えた後、フィリップの側に控えている若い女性に、
「ジュディト嬢も、フィリップ殿下との仲が進むよう、楽しまれるといい。」
そう軽口を言う。
その言葉を憮然として聞いたフィリップが、
「そう言うリュウヤ陛下はいかがなのですかな?」
その反撃を予想していたのか、
「ああ、私の方は来秋、式を挙げることにしたよ。」
さらりと答える。
「それはおめでとうございます、リュウヤ陛下。
私も、陛下に倣えるようにいたしますわ。」
「ぜひとも、頑張ってくれ。協力は惜しまないからな。」
フィリップは一層、憮然とした表情になるのだった。
雪風、日本帝国海軍の幸運艦として知られる駆逐艦の名前です。
常に激戦の中に身を置きながら、ただの一度も被弾しなかったというほどの。
戦後は台湾に引き渡され、台湾海軍の旗艦として長く活躍しています。