料理開発
リュウヤは、人間族のジルベルト料理長とともに厨房に入ると、用意させておいた食材を確認する。
廃鶏の羽を取り、まるごと寸胴に入れて煮込む。
丁寧にアクを取り、スープが濁らないように注意する。
その一方で、料理長とともに麺作りに入る。
麺料理自体は、この世界にもパスタがあるため、麺を作ることには問題はない。
日本で初めてラーメンを食べたとされるのは、水戸黄門こと徳川光圀だが(最近見つかった資料によれば、1488年にすでに日本に入っていたそうである)、その際の具材は蓮根などの根菜が使われていたそうである。
肉類は、水戸黄門の時代よりもこの世界の方が入手はしやすい。
その分、どの肉を使うかで悩むことになる。
「鶏ガラスープなのだから、鶏肉がいいかな?」
そう単純に考えるが、どの部位を使うかで再び悩みが生まれる。
スープを作ったうえで、ジルベルトと相談して決めることにする。
2時間ほど煮込んて、作った鶏ガラスープの味見をする。
「あっさりとした味ですな。」
ジルベルトの素直な感想に、リュウヤも頷く。
「濃厚なものを作るなら、豚の骨を使ったんだがな。」
ただ、豚骨は慣れていない者には臭いが問題になる。
まずはこのスープの味を整え、麺と絡めてみる。
試食に群がる秘書官たちと侍女たち。
それを横目に、残っている鶏ガラスープで小麦粉を溶き、さらに葉物野菜を刻んだものを混ぜ込む。
そして、熱した鉄板の上に流して焼いていく。
その鉄板の別の場所で、薄く切ったベーコンを焼き、先程流して焼いているものの上に乗せ、ひっくり返す。
お好み焼き風のものを作ってみたが、ソースがないことにここで気づく。
一応、食べてはみるものの、やはり味気なく感じられてしまうし、山芋が入っていないからか、ふっくら感がない。
「ソースは無理でも、せめて醤油があればなあ。」
思わずボヤくリュウヤ。
醤油ひとつあるだけで、味付けの幅は大きく広がるのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
エルフ豆なる、大豆によく似た作物があるのだから、醤油や味噌は作れるかもしれないのだが、時間がない。
こんなことになるなら、もっと作付け面積を増やすべきだったかと思ってしまうが、あの時は食料増産が最優先の課題だったのだから、やりようがなかった。
それに、エルフ豆を醤油などに転用しようにも、発酵させるための麹菌が手に入らないとどうしようもない。
「ご不満のようですな。」
ジルベルトがお好み焼きモドキを食べながら、口にする。
「見た目だけは、それなりに似ているんだがな。
やはり、味の方に不満が大きく残る。」
ジルベルトにそう言うと、腕組みをして考え込む。
「俺のいた世界では、屋台の定番だったからなあ。
もっとうまく行くと思ったんだが、安直過ぎたか。」
ボヤきが出てしまう。
「屋台に使われるおつもりだったのですか?」
驚くジルベルトに、説明していなかったと反省するリュウヤ。
「雪祭りの屋台なんだが、似たようなものを出す店しかなかったからな。
少しは変わったものをと、そう考えただけなんだ。」
特に、冬だから身体が温まるものを、と。
香辛料が大量に手に入るなら、カレーのようなものも良かったのだろうが、この辺りではそうそう大量に入手はできないし、屋台に使えるほど安価ではない。
こうなると、いかに自分が恵まれた世界にいたのかを再確認させられる。
「陛下、この料理を少し私に預けてはいただけませんか?」
「かまわないが、大丈夫なのか?」
そう口にしてから、ハッと思い出す。
このジルベルトはパドヴァ出身であり、出される料理もパドヴァのものが多いのだが、このパドヴァ料理、自分のいた世界のイタリア料理に近いものがあるのだ。
イタリア人も、日本人に劣らぬほどの料理への情熱を持つことで知られている。
このパドヴァ出身の料理長も、同様の存在だとしたら・・・。
「大丈夫なのか、などとは不遜な物言いだったな。
ここからの仕上げは、ジルベルトに任せる。」
その言葉にジルベルトも笑みを浮かべる。
「はい。お任せください。」
王宮料理長ジルベルトが、屋台料理の開発に乗り出すことになったのだった。