謀略
キュウビから2時間ほど遅れて、ライラがバーレに外部からの者と接触したことが報告される。
その報告は、正確さにおいてキュウビがもたらしたものよりも劣っている。
「すでに報告を受けているとは思いますが。」
ライラは最後にそう付け加える。
彼女もまた、侍女長ノワケがキュウビであることを知る、数少ないひとりである。
「天狗族には、諜報という舞台では煮え湯を飲まされていますから。」
リュウヤが興味深そうな顔を見せていたため、ライラは肩を竦めながら口にする。
「共に諜報を得意とするだけあって、バッティングすることもあったと、そういうことか。」
リュウヤの言葉にライラは頷く。
「陛下は良き目と耳を持たれました。
後は、それをどう活かすかにかかってくるかと。」
目と耳。
それは夢魔族と天狗族という諜報に秀でた集団のことだ。
それを活かすにはどうすればいいのか?
情報分析する組織が必要になるだろうか。
だがその場合、誰をその責任者に据えるのか。
また、その組織はどのような形にするのか?
軍主導の参謀本部体制のような形にするのか、政府(国王)直轄にするのか。
考え込んでしまったリュウヤに一礼して、ライラは退室した。
リュウヤが考え込んでいる間にも、天狗族の諜報部隊は大地母神神殿の監視をしている。
バーレたちに接触していた人物を特定し、その名簿が早急に作られ届けられる。
ここまでキュウビからの報告から2時間ほど。
さらにどうやって聞き出したのか、その会話の内容まで記されている。
「どうやって会話の内容を知ったのやら。」
正直、呆れ返るほどの情報収集能力だ。
無論、全てが事実であれば、だが。
「色々と細工をしていますから。」
キュウビは笑顔で返す。
会話の内容を読むに、総本山から来た者たちはバーレを糾弾しに来たようだ。
それに対して、バーレもかなり激しい反論を行なっている。
あの、保身の塊のような男からは想像できないような、激しい言葉で反論している。
「バーレをお呼びになられますか?」
キュウビの提案をリュウヤは却下する。
今の段階なら、バーレがこちらを裏切ることはない。
むしろ、相手が糾弾しているというのなら尚更だ。
それよりも、総本山側の人間に釘を刺した方がいいだろう。
どうやって釘を刺してやるか・・・・。
「釘をさすのでしたら、私に考えがございます。」
「その考え、とは?」
「アルカルイク全域で、暴動を起こさせます。」
「彼の地は大地母神神殿の影響力が強いと聞く。
そんなところで、総本山に向けて暴動を起こせるのか?」
リュウヤの当然過ぎる疑問に、キュウビは穏やかな笑みを浮かべる。
その笑みを見て、以前から準備されていたことを知る。
「いつから準備をしていた?」
「私どもがこの地に来て間もなくですから、ひと月ほど前からでしょうか。」
この地に来て、龍王国の周辺状況やら情勢やらを確認して、あらゆる布石を打っていたということか。
「鬼人族が嫌うわけだ。」
「彼らは、個々の武力がとても優れております。
彼らほどの力のない我らは、その分、知恵を巡らさなければなりませんから。」
「お前たちの認識を、俺もしっかりと持つ必要があるな。」
戦いの指揮をものは、最弱の兵を基準に策を講じなければならない。
「鬼人族よりも、お前たちを敵にした時の方が厄介だろうな。」
その言葉に満足したのか、キュウビはこれ以上ないというほどの笑顔を見せていた。
早速、行動に移した天狗族により、アルカルイク全域で大地母神神殿総本山への暴動が起こる。
聖女への謀略と、その謀略の過程で聖女の家族を謀殺したことへの反発。
さらに、その聖女を保護したリュウヤ及び、龍王国へ攻撃を仕掛けたことに対する不満が溜まっている。
さらに元教皇バーレの評価が、聖女への謀略を知って正そうとしたが、力及ばず追放されてしまった悲運の教皇と、なぜか評価が高まっていることもあったのかもしれない。
不自然なほど各地一斉に暴動が巻き起こり、一部は総本山へ向けて進み始める。
アルカルイク全域の混乱は、その収束にひと月ほどの時間を要していた。