謹慎中の、とある日常
謹慎期間も折り返しに入る。
製紙職人だったという鬼人族が工房に入ったことにより、製紙技術の進歩と業務の大幅な改善が図られている。
その様子を誇らしげに語るモミジに、そういうことかとリュウヤは理解する。
同時期に配下となった夢魔族や吸血鬼族は、戦い以外のことでもその能力を示している。
そのことに危機感を抱いたのだろう。
だから、戦い以外のことでも役に立てることをアピールしたかったのだ。
この日は溜まっていた書類の山も片付き、ゆっくりする時間もできたため、私室のテラスに出て報告に来たモミジとお茶を飲んでいる。
どこか古武士を思わせる立ち居振る舞いを見せるモミジだが、やはりというべきなのか、リュウヤと同席していることで随分と緊張していることが伺える。
"主君と同じ席でお茶など飲んでいいのか"、そう考えているようである。
「そういえば、エガリテ家に米の調達を依頼した時、サクラが反応していたのだが、主食は米の方が良いのか?」
「は、はい。元々、我ら鬼人族の主食は米でしたので。
い、いえ、パンなどがダメだというのではなく、その方が慣れているということで・・・」
武器を持っていれば、それこそ勇猛果敢としか言えないような雰囲気を醸し出すというのに、この場では垢抜けない少女のようである。
「なるほど。米が入手できたら、お前たちにその栽培や管理を任せることにしよう。」
「はい!その時は、喜んでお受けいたします!!」
頰を紅潮させ返事をするあたり、他のふたりーカルミラとライラーより年少なのかもしれない。
歳若くして重責を担う、そういったところはサクヤと似ている。
テラスから見える森の木々は、一層色づき、秋の度合いを増している。
「謹慎中でなければ、紅葉狩りと洒落込みたいところなんだがな。」
「紅葉狩り、ですか?」
「ああ、紅葉を見て楽しむ、そんな行楽があるんだよ。
俺のいた世界ではね。」
ここでふと思い出し、考えてしまう。
鬼人族の女性の名前は、植物系のものが多いのだが、それがリュウヤに郷愁を誘ってしまう。
森を紅く彩るのは紅葉や楓、銀杏だ。
そして春になれば恋しくなるのは、満開の桜。
「困ったものだ。」
「何がでしょうか?」
口の中で留めたつもりが、外に出てしまっていたようだ。
「鬼人族の女性の名前だ。
どうも、俺のいた世界で、特に好まれる植物の名前と同じものが多い。
おかげで、郷愁を感じてしまう。」
これにはモミジも返答ができない。
「いつか行ってみたいものだな。
お前たちの故郷、蓬莱という島に。」
「はい!その時は、御案内致します!!」
この日の侍女はアルテアとドルシッラである。
ドルシッラは、見た目こそ清楚な美女だが、その内面は悪戯好きな夢魔そのものである。
しかも、その悪戯に幻術魔法や精神魔法を絡めてくるという、厄介極まりない危険人物である。
昼食の準備を手早く済ませると夢魔の血が騒ぐのか、リュウヤにしな垂れかかってくる。
これが非常に困るのだ。
なにせ見た目だけは清楚な美女。それがしな垂れかかってくる、そのギャップが凄まじい破壊力を持って襲いかかってくる。
「昼は清楚な淑女、夜は淫靡な娼婦」
それが男の理想だというが、それをまさに地でいくのがドルシッラだろう。
「きゃっ!!」
そのドルシッラが小さい悲鳴をあげる。
アルテアの背中に張り付いているサスケが、ドルシッラを縛り上げる。
「仕事中ですよ、ドルシッラさん。」
アルテアはそう言うと、リュウヤに一礼して退室する。
それに引き摺られていくドルシッラ。
アルテアも逞しくなったものだと感心すると同時に、縛り上げられ引きずられていくドルシッラを見て思う。
「なぜ亀甲縛り?しかも海老反りって・・・」
サスケはいったい何を目指しているのか、心配になるリュウヤだった。
アルテアたちが退室してすぐに入室してきたのは、ミーティアとラティエの母娘だった。
「陛下、先程ドルシッラが引き摺られていたのですが・・・」
「ああ、言うな、気にするな。」
そこへ再び扉が開き、サクヤとトモエ、シズカが入ってくる。
「陛下、ドルシッラが・・・」
「いや、言わなくていい。」
眉間を押さえながら、リュウヤが答える。
「ねぇねぇ、りゅーやさま!!さっきドルシッラがねぇ!」
駆け込んで来たリュウネが報告する。
「・・・・・・」
もはやリュウヤに反応する気力もなかった。