サクヤの怒り
「夕刻には、ロマリア村に着きそうだな。」
長閑な様子に、リュウヤたちはのんびりと道程を楽しんでいる。
それが一瞬にして緊迫した空気に変わる。リュウヤの探知網に多数の存在がかかったのだ。
「この先、5キロほどのところに軍がいる。」
この辺りなら龍王国の軍で間違いない。
気になるのは、軍を出さねばならないような、そういう存在が感じられないことだ。
「この辺りなら、龍王国の軍でしょう。
気にするほどのことではないのでは?」
サクラがそう発言する。
たしかに、サクラの言う通りである。
「演習、ということも考えられるからな。」
そう口にして、疑問を押し込もうとする。
その時、リュウヤらの頭上を五体の龍が通り過ぎる。
そのうちの一体に見覚えがある。
「トモエ?」
そのトモエと思しき龍と目が合った、そう感じた時、その龍がニヤリと笑ったように見えた。
「!!全員、散開!!」
リュウヤの言葉に、サクラはアルテアを抱え、天狗族の3人はそれぞれの方向に向かって大きく飛ぶ。
次の瞬間、リュウヤ目掛けて巨大な雷が襲いかかる。
だがリュウヤに直撃するはずだった雷は、大きく逸れていく。
"なるほど。冷気によって雷を逸らしたのですか。"
トモエは軽い驚きとともに、念話にてリュウヤに話しかけてくる。
正確には、他の者にもわかるように念話を使っている。
リュウヤがどのように対応したのか、皆に知らせるためであろう。
別の龍が再び雷をリュウヤに叩き込むが、先程と同じように雷は逸れていく。
同じ攻撃を行ったのは、リュウヤが雷を逸らしたのが偶然かどうかの確認だろう。
"冷気によって逸らすことができるとは・・・"
物質は一定以下の温度になると、電気抵抗がゼロになる。
それによって雷を逸らしたのだ。
この原理を「超電導」と呼び、それはリニアモーターカーに採用されている。
リュウヤは落ち着いた風を装っているが、内心ではかなり焦っていた。
一撃目への対応は咄嗟のことで、うまくいくかは賭けだった。
「トモエ、悪戯にしては度が過ぎてはいないか?」
リュウヤの言葉は大きくはないが、確実に上空のトモエに聞こえているはずだ。
"はて?リュウヤ陛下によく似ていますが、別人でしょう。
今、リュウヤ陛下は行方不明になっておられます。
私は、国王代理であるサクヤ様の命に従っているだけです。"
リュウヤは、背筋に冷たいものが流れているような気がする。
そして、龍王国の軍のいる方向から巨大な怒りのオーラを感じる。それも、激しく燃えるような怒りではなく、凍てついた、全てを凍りつかせるような怒り。
誰かを確認するまでもなく、サクヤだろう。
黙って出たことを、控えめに言って非常に怒っているらしい。
正直言って、このまま逃げ出したい気分になる。
だが、それをさせないためにトモエたちが龍化して足止めしているのだろう。
最初にトモエを送り込んでくるとは・・・。
全体を見るという視点こそ欠けてはいるが、トモエは戦いの天才である。
局地戦であれば、エストレイシアを上回るかもしれない。
それだけサクヤの怒りは本物ということか。
トモエの役割、それはリュウヤの足止めをすることによる時間稼ぎ。
時間を稼がれると、次に来るのは地上部隊。
その数、およそ1万。
その構成にドワーフやドヴェルグはいないようだが、それでも鬼人族にエルフ、両アールヴに龍人族がいる。
吸血鬼までいる。
あちらの世界では、吸血鬼は夜しか行動しないのに。
そんなことを考えながらも、上空のトモエらの攻撃を躱していく。
「地上部隊が来る前に、上をなんとかしたいな。」
リュウヤはそう呟く。
上空をなんとかするには、自分も空を飛ぶか、大掛かりな魔法を行使するか。
前者はできるだろうが、今までそのような魔法を使ったことはなく、ぶっつけ本番はさすがに避けたい。
すると後者の大掛かりな魔法になるが、それを行使するには問題がある。
アルテアやサクラたちを巻き込みかねない。
だが、現時点で一番現実的な方法は後者になる。
「キュウビ!アルテア、サクラを連れてできるだけ離れろ!」
キュウビら天狗族は、その命を受けてアルテアとサクラを連れ、全速で離れる。
トモエらの攻撃を避けつつ、キュウビたちが十分に離れたことを確認すると、竜巻を発生させる。
半径100メートルあまりの竜巻が、三体の龍を巻き込む。
巻き込まれた龍を助けようと、更に一体が竜巻の中に、トモエが止めるのも聞かずに入っていく。
竜巻の中にいる龍は、豪風に翻弄されただけでなく、竜巻による風で生まれた高圧の静電気により大きなダメージを受ける。
"どうやら、私たちはここまでのようです"
力を失い、竜巻から弾き飛ばされた仲間をトモエは受け止め撤退する。
龍化した龍人族を退かせた後には、地上部隊1万が押し寄せてくる。
地上部隊との距離、約500メートル。
少しは息がつけるかと思った瞬間、リュウヤ目掛けて矢が降り注ぐ。
「射程距離外だろう?!」
エルフたちの弓の射程距離は、先のオスト王国とのクラーゲンフルト平原の戦いで理解していたはずだった。
あの時で有効射程は150〜200メートルくらい。
だが、この場では500メートルはある。
「相手はリュウヤ陛下だ。遠慮して倒せる相手ではない!
全力で放て!!」
エルフ隊隊長ドルアが号令をかける。
全力で魔力、精霊の力を注いだ矢を放つ。
射程距離は最長1キロに及ぶ。無論、それだけ遠ければエルフといえど正確な射撃は難しい。
それを、1千人の一斉射撃で補う。
本来なら土壁か石壁を発動させるところだが、どちらも視界を遮ってしまう。
相手の次の動きがわからなくなるというのは、大軍相手には非常にまずい。
だが、風の魔法では風の精霊を纏った矢を防げない。
魔力にて水を出現させ、凍らせ氷壁を作り上げる。
透明度の高い氷壁ならば、相手の動きを見ることができる。
次の瞬間、魔力の異様な高まりを感じる。
「この魔力は、フェミリンスか!」
正確にはフェミリンスひとりのものではない。
一緒にいるリョースアールヴの魔力も結集させている。
問題は、フェミリンスがどのような魔法を放ってくるか?
目に見える魔法では、リュウヤに対応され易くなる。
ならば使う魔法はひとつだろう。
その予想が正しければ、問題がもう一つ生まれる。
矢の到達時間とフェミリンスの魔法の到達時間。
フェミリンスのことだ。ほぼ同着になるように放ってくるだろう。
そうなると、フェミリンスの魔法発動からここまで到達するまでの時間は、1秒あまり。
それに対応するために使える魔法は・・・。
エルフたちの放った矢が氷壁に当たり、次の瞬間、フェミリンスの魔法が発動される。
そして、リュウヤも魔法を発動させる。
音の魔法を。
フェミリンスが放った魔法、目に見えぬ、相手に気取られにくい魔法もまた、音の魔法だった。
音と音の衝突。
衝突の場所が近いだけ、その衝撃をリュウヤはまともに受けてしまう。
地上部隊本隊との距離があったため追撃は免れたが、このままでは非常にまずい。
ここでエストレイシアの声が響く。
「演習といえど、手を抜くな!
抜けば倒されるのみぞ!かかれ!!」
エストレイシアの号令を受け、一斉にリュウヤへ向かって突進してくる。
鬼人族、エルフと雪崩れ込み乱戦となる。
一対一ならばともかく、常に数人が同時に襲いかかってくる。
さすがにリュウヤも、この状況で戦い続けることは難しい。
逃げようにも、外周を龍人族が固めつつある。
そして、目の前にいるのはモミジとモガミ、シナノ、キヌにカルミラ、エストレイシアにスティール。
そしてやや離れた場所にドルアたちが矢を番え、リョースアールヴたちが魔法を放つ隙を伺っている。
少しでも乱戦から離れれば、エルフの狙撃やリョースアールヴの魔法が襲いかかるだろう。
「これだけ戦って、息があがっていないとは、さすがですね。」
とはエストレイシアの言葉。
「俺は、ろくな得物を持ってないんだがな。」
「勝つなら今、てことですね。」
そういう考え方もあるのか。
リュウヤは思わず感心してしまう。
そこへ、巨大な水流がリュウヤに襲いかかってくる。
「しまった!!」
目の前の相手に集中するあまりに、もうひとりの巨大な魔力の持ち主のことを忘れていた。
そう、サクヤの存在を。
水流は水龍へと姿を変えて襲いかかり、凄まじい水圧をリュウヤに浴びせる。
この水圧から逃れるために出れば、目の前の者たちの攻撃を受け、留まれば水圧を受け続ける。
ふっと、リュウヤは力を抜く。
同じ負けるのならば、サクヤ相手の方がいい。
そんなことを考えた時、リュウヤは気を失っていた。