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龍帝記  作者: 久万聖
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覚醒、そして・・・

 さらに三日。

 巫女姫は足しげく祭壇の間に通っている。

 リュウヤに目覚めの兆しはないか、その確認のためである。


「今日も目覚めないのでしょうか・・・」


 眠り続けるリュウヤの頰に触れながら呟く。

 ふうっとため息をもらす。

 リュウヤのもたらした環境の激変に、龍人族も順応し始めている。


 飢えもなく、渇きもない暮らし。


 まだ豊かとは言えないが、荒涼とした地となっていた頃に比べて雲泥の差だ。豊かな土地となったこの地に、これからは自分たちの国を打ち立てなければならない。そうしなければ、周囲の種族(特に人族の国々)から自分たちを守れなくなるだろう。


 龍人族一人一人の力は、始源の龍シヴァの復活とその影響により本来の力を取り戻している。通常の相手ならば負けることなどあり得ない。だが、通常でない相手ならば・・・。


 それだけではない。今のところは、リュウヤが行った交渉により、この周囲で最大の国イストールと友好関係を結べる状況にある。だが、その後は・・・?


 自分たちの住む街の建設に、広大な森の管理。


 考えただけで、それこそ逃げ出したくなるような案件が山積みの現状。

 ギイたちドヴェルグの協力が見込めるとはいえ、その責任は重い。

 ふうっと、再びため息をつく。

 その時、シヴァが何かに気づいた様子に、巫女姫は気づかなかった。


 "目覚めただろう、リュウヤよ"


 リュウヤは目覚めていた。巫女姫の手が頰に触れたことにも気づいていた。


 "いま起きたら、逃げられないだろう。"


 ウリエが見破ったように、リュウヤは責任ある立場に立つのが嫌いだった。正確に言うならば、10歳になる直前の父の自殺以降、他人に期待されることに慣れていないのだ。


 ここに居ると、必ず期待される。それが嫌だった。だから逃げる!


 そのためには、心は痛むが巫女姫をやり過ごさないといけない。そのために気づかれないようにおとなしくしている。



 巫女姫が立ち上がり、祭壇の間から出ようとしたとき、ひとりの少女が入ってきた。


「りゅーやさま、まだお目覚めしてないの?」


 "誰だ?"


 舌ったらずな言葉遣い。そんな人物いたっけ?

 発言者の方を見たシヴァが、


 "依代の娘だな"


 と確認する。


「リュウヤ様は、まだ眠っておられますよ。」


 巫女姫が少女に答える。

 少女は小首を傾げ、


「おかしいなあ。りゅーやさまのお声が聞こえたのに。」


 "声が聞こえた?"


 "どういうことだ?"


 リュウヤとシヴァ、ふたりとも訳がわからんといった様子である。


「空耳ではありませんか?」


 巫女姫は優しく問いかける。


「今もりゅーやさまとシヴァさまがお話ししてるよ。」


 "?!"


 "?!"


 "!!"


 リュウヤとシヴァは、「まさか?!」であり、巫女姫は「!!」である。巫女姫はひとつのことに思いあたった。


「それは、耳から聞こえるのかしら?」


「違うよ。頭の中に、ちょくせつきこえるの。」


 この"依代の少女"は、リュウヤの魂と身体を共有していたときがある。おそらくはその時の影響で、魂の一部が融合しているのだろう。だから、リュウヤとシヴァの念話のやりとりが聞こえた。他の誰よりも、強く結びついた故に。

 リュウヤもそのことに気づくと跳ね起きる。


「あ、りゅーやさま、お目覚めになった!」


 無邪気な少女の言葉に対し、リュウヤは冷汗を大量にかいている。


「ねえ、リュウヤ様とシヴァ様は、どんなお話しをされていたのかしら?」


 リュウヤは一層の冷汗をかき、シヴァはこっそりと逃げようとする。


「どうやってここから逃げようかって。」


「そう。」


 一気に室温が10℃くらい下がったような気がする。


「でも、りゅーやさまが居なくなると寂しいから、居なくなる前にって、ここに来たの。」


 巫女姫は少女の頭を優しく撫でながら、


「皆んなに、リュウヤ様がお目覚めになられたことを知らせてきてくださいね。」


「はーい。巫女姫さまは?」


「私は、リュウヤ様とお話しがありますから。」


 少女は扉の外に向かって走り出す。


 行かせてはいけない!行かせたらあの子はスピーカーと化して、拡散させるに違いない!!逃げられなくなってしまう!!止めなくては!!


「リュウヤ様。」


 巫女姫の静かな声が、リュウヤをフリーズさせる。


 これはダメだ。完全に怒ってる。こっそりと逃げようとしていたシヴァも、フリーズしている。


 ゆっくりと振り返る巫女姫。

 ダメだ、顔を見れない。


「リュウヤ様!」


 思わず正座してしまったのは、日本人だからだろうか。


「私がどれだけ心配していたのか、わかっていますか!!」


 うなだれているリュウヤ。リュウヤの隣には、なぜか一緒にうなだれているシヴァがいる。


「それなのに、私たちの前から居なくなろうとなされるなんて!!」


 こういう時は、変な言い訳などせず、黙って話を聞く姿勢に徹する。数少ない女性との交際経験から導き出す。黙って聞いているからといって、怒りを増加させないわけではない。変に弁明をしたり言い訳をするよりはマシ、程度でしかない。


「聞いているのですか!!」


 巫女姫はリュウヤの顔を両手で掴み、自分の顔と正対させる。

 巫女姫の顔をここまで近くで見るのは初めてだが、目の覚めるような美女とは彼女のことを言うのかも知れない。いや、本当の美女というのは、怒った顔も美しいものだ。そんなこと、今の状況で言えないけど。

 巫女姫に違和感を感じる。巫女姫の頭についているモノ。そこに自然と手が伸びる。


「ひゃあ?!」


 頭についているモノ、角を触られて巫女姫は悲鳴ともつかぬ声をあげる。

 これ、本物の角。鬼のようなものではなく、龍の角。シヴァの頭にもついてたっけ・・・。


「リュウヤ様!!なにをするのですか!私は怒っているのですよ!!!」


 巫女姫は変な声をあげた恥ずかしさからか、真っ赤になっている。

 そうだ、怒られているんだった。それなのに好奇心の方が勝ってしまった。


「リュウヤ様。」


 巫女姫は改まってリュウヤに問いかける。好奇心が勝ってしまった行為のおかげか、少し落ち着いてもらえたらしい。


「ここを出て、どうなさるおつもりだったのですか?」


 ここを出てどうするか。

 今なら、傭兵でもやれば自分ひとりの口くらい養える。そんなことを口にする。


「傭兵ですか。」


 巫女姫は少し考え、


「それならば私が雇います。」


 宣言する。

 いや、ちょっと待て。巫女姫が雇ったらなにも変わらないのでは?

 口にはしないが、表情に出たらしい。


「なにか御不満でも?」


「いえ、不満なんてありません。」


 慌てて首を振るリュウヤ。


「リュウヤ様。」


 巫女姫はリュウヤをしっかりと見据える。


「リュウヤ様は、私が優しすぎる、そうおっしゃっていましたよね?」


 あれはシヴァの名付けの時か。優しすぎるがために、非情な決断を下せるのか、その心理的負担に耐えられるのか・・・。

 そんなことをシヴァとの念話で話していた。それをシヴァが巫女姫に流していたのだが。


「でしたら!私を支えてくださってもよいではないですか!!」


 叫ぶようにリュウヤへ訴える。そして、堰を切ったように泣きじゃくる。まるで幼な子のように。

 ああ、そうか。この姿こそが巫女姫の本質なのか。

 大人びた、毅然とした立ち居振る舞いは淑女そのもの。龍人族を束ねなければならない立場と責任感が、そうさせていたのだろう。

 龍人族を束ねる立場と彼女の精神の未熟さ。歪みを生まないわけがない。それが、リュウヤに感情をぶつけているうちに現れた。


 "おまえの負けだな、リュウヤ"


 確かに負けだ。腹をくくるしかないか。

 リュウヤは巫女姫の頭に優しく手を置く。リュウヤを見上げる巫女姫。


「わかったよ。できるだけのことはしよう。それで良いか?」


「はい!!ありがとうございます!!」


 巫女姫は思わずリュウヤに抱きついていた。



 巫女姫の相談役。それで話はついた。

 リュウヤはそう思っていた。

 そして、それは間違ってはいない。

 皆が待つ大広間へ来たとき、凄まじい落とし穴の存在に気づいた。龍人族とドヴェルグたちの総意という落とし穴に。

 扉を開けて大広間に入ると、龍人族とドヴェルグたちはリュウヤに跪き、ギイが大音声で宣誓する。


「リュウヤ様!貴方を我等が主とし、忠誠を誓います!!」


 それに続いて皆が唱和する。


「忠誠を誓います!!」


 リュウヤは茫然と立ち尽くす。

 みんななに言ってんの?忠誠を誓うってなに?巫女姫とは話がついてんだけど?ギイもなにやってんだ?

 ここで巫女姫は空気を読む。


「リュウヤ様に忠誠を誓います。」


 跪いて、皆の前で宣誓する。

 ちょっと待て巫女姫!さっき話がついてたよな?なのになにしてんだよ?

 茫然とするリュウヤの手を皆が引っ張って、いつの間に設えたのか玉座らしいものに座らせる。


「我らが王、リュウヤに祝福あれ!!」


 龍人族とドヴェルグの声がこだまするなか、リュウヤは心の中で絶叫する。





 女の涙に騙された!!!


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