天狗族キュウビ
リュウヤらを乗せた馬車は、龍王国に向けて進んでいく。
ガロアの城門は見えなくなり、人家も少なくなってきた頃、リュウヤは唐突に馭者に問いかける。
「貴方の名は、なんというのかな?」
唐突な言葉に、アルテアとサクラは不思議そうな顔を見せ、フェリシーことナギは"まさか"という顔を見せる。
「わ、私ですかい?私はエジットと・・・」
「俺は、本当の名と言ったつもりなんだがな。」
馭者の言葉に被せるように、リュウヤは再度問う。
その言葉に反応するように、サクラは腰の得物に手をかけ、横薙ぎに一閃する。
大抵の者ならば避けることなど不可能な斬撃を、この馭者はいとも簡単に躱すと、先頭の馬の背に立っている。
「流石は鬼人。あとほんの刹那、反応が遅ければ両断されておったな。」
馭者であった者の服は大きく斬られているが、出血は見られない。
だが、その姿は先程まで馭者であった者とはかけ離れている。
馭者は男だったが、目の前にいるのは女性のように見えるだけでなく、狐のような耳と、なによりも狐のような尻尾、しかもその尻尾がいくつもある。
「お前は、天狗族の長、キュウビ!!」
なるほど、九尾の狐ってわけか。
「玉藻前」や「殺生石」にまつわる物語、それをベースにした漫画「うしおととら」では「白面の者」という悪役として知られる存在ではあるが、本来は皇帝の徳が良いと現われる瑞獣のひとつだ。
尻尾の数である「九」は、子孫繁栄を示す数字としても知られており、九尾の狐が現れるのは瑞兆(良い出来事の前触れ)とされている。
なおも斬りかかろうとするサクラを止め、リュウヤは問いかける。
「俺は合格か?」
その言葉にサクラは再び、怒りを滾らせる。
"我らが主君と定めた御方を試すなど、不遜の極み"、口にはしていないが、その表情は間違いなくそう語っている。
キュウビは音もなく馬から降りると、そのまま跪く。
「はい。不敬、不遜な行い、誠に申し訳ございません。
なれど、我らが恃みとできる御方であるか知ることは、一族の存亡に関わりますることゆえ、どうかひらに容赦願い申し上げます。」
「わかった、許そう。それで、この場に何人いるのだ?
俺が把握しているのは、36名、いや、お前とナギを含めれば38名だな。」
あくまでもこの場であり、すでにリュウヤの周りには幾人も送り込まれていただろう。
「はい、この場にいるのは38名で間違いありません。」
「あと、ガロアに12名、岩山の王宮で25名。
岩山の王宮に現れ始めたのは、ひと月ほど前からだな。」
キュウビは驚愕の表情を見せ、
「そこまで把握されているとは・・・。
狩ろうとは、思われなかったのでしょうか?」
「昨夜のツムジもだが、敵意は感じられなかったからな。
敵意を見せたなら、容赦無く狩ろうとは思ったが。」
その言葉にキュウビは笑みを浮かべる。
そして、なにやら合図を送ると、それまで潜んでいた天狗族36名がリュウヤの前に集い跪く。
「我ら天狗族は、今日この時より龍王国、いや、リュウヤ陛下にお仕えする。
異議ある者は申し出よ!」
キュウビの宣言に、異議ある者はいないようだ。
「陛下、我らの忠誠を御受け取りください。
そして、なんなりと御命じください。」
「わかった。お前たちの忠誠を受け取ろう。
キュウビ、馭者の代わりがいるならば、話を聞かせてもらう。
残りの者たちは、各地にいる同胞に伝えよ。
お前たち天狗族の忠誠を、このリュウヤが受け取ったことを。
指示は追って出すゆえ、待機するように。」
「承知致しました!」
一斉に返事をすると、キュウビとふたりを残して、散って行く。
残ったふたりは馭者として馬の手綱を握る。
キュウビはリュウヤらと同席する。
リュウヤが聞きたかったこと、それは天狗族のこと。
無論、その能力については問わない。
陰働をする者にとって、その能力が漏れることは死活問題である。
ゆえに、それが少しでも漏れる危険があることは、リュウヤも聞こうとはしない。
陰働という、ただでさえ危険な任務を遂行しなければならないのに、一層の危険に晒しかねないことはできないのだ。
もっとも、日本の政治家(特に野党議員)の中には、日報という自衛隊の能力を曝け出しかねないものの公表を迫る者がいるが、彼らには自衛隊員の命など考慮する価値の無いものなのだろう。
「お前たちは、いったいどういう種族なのだ?
単なる獣人たちとは違うようだが。」
「我らも詳しくは存じませんが。」
そう前置きして語ったところによると、森の神ツアラの眷属である神獣として生み出されたのだという。
また、農作物を荒らす害獣の天敵であることから、農業神の使いとされることもあったとか。
ただ、時代が下っていくと、神獣として持っていた力も衰えていき、極一部の者にのみ、かつての力が宿るのだという。
それがキュウビであり、キュウビの名はそんな者が受け継ぐのだという。
その話を聞き、ふとフェミリンスを思い浮かべる。
彼女もまた、一族の中で最も強い力を持っているがゆえに、フェミリンスの名を受け継いだと聞いている。
天狗族という名も、かつてリュウヤが推測したように、元々は天狐族と呼ばれていたものが、いつの間にか天狗族と呼ばれるようになったのだという。
身体能力は、狼人族には劣るという。
その分非常に知恵が回り、狡猾な種族と思われているのだとも。
そのため、力を恃む傾向の強い鬼人族とは仲が悪い。
実際、同席している鬼人のサクラは、むすっとした顔をしている。
「そんな顔をするな、サクラ。
お前たち鬼人族と天狗族、両者が組めば互いの欠点を補う、理想的な相棒となり得るのだぞ。」
類い稀な戦闘力を持つがために、作戦や戦術・戦略を軽視してしまう。
一方の天狗族は、力を持たないがために、徹底した情報収集を行い、相手を騙したりする計略を重視する。
それを認め合うことができれば、相当な戦略アップに繋がる。
それをするのが、リュウヤの仕事ではある。
そしてリュウヤはもうひとつのことに気づく。
「森に住んでいた名残りだったのか。」
「何がでございましょうか?」
「ツムジやナギが、デス・スパイダー相手にビビりまくっていたんだよ。」
リュウヤの言葉に、キュウビの顔が引きつったように見える。
「は、はい。デス・スパイダーは、森に生きる者たちにとっては悪夢そのものの存在ですから。
森を離れたとはいえ、私たちに強く刷り込まれているものだと思われます。」
そう答えたあと、
「もしかして、そのデス・スパイダーがいるのでしょうか?」
その言葉にリュウヤは、2匹に呼びかける。
「サスケ、サイゾー、挨拶をしろ。」
名を呼ばれた2匹は、アルテアの肩越しに現れる。
「ひゃっ!!」
ナギは小さな悲鳴をあげて気を失う。
キュウビはというと、悲鳴をあげることこそなかったが、そのままの姿で気を失っていた。