見送り
「フィリップ殿下だけでなく、ウリエ陛下まで見送りに来てくださるとは、思いもしなかったな。」
ふたりを見たリュウヤの第一声である。
「まだ、陛下と呼ばれる立場ではありませんよ。」
ウリエはそう答える。
まだ即位してはおらず、"陛下"の尊称を得るには至っていない。
「来春に即位するのであろう。
いまから"陛下"の尊称に慣れておくのも、悪くはないぞ?」
そう言われて苦笑するウリエ。
「俺なんか、いきなり王に祭り上げられたんだからな。
心の準備も有ったもんじゃない。」
そう言って笑うリュウヤにつられて、ウリエも笑う。
ひとしきり笑った後、ウリエが口を開く。
「昨日のご提案、残念ながらお受けすることはできません。」
「理由を聞かせてもらえるかな?」
ウリエは真っ直ぐにリュウヤの目を見て、
「我がイストールは、龍王国と対等でありたい。
それが理由です。」
そう宣言する。
そのウリエの顔を、リュウヤは穏やかな笑みを浮かべて見ている。
「そう決断したか。わかった。残念だが、そちらは諦めるとしよう。
だが、経済圏については、参加してくれるのかな?」
「え、ええ、そちらに関しては、参加させていただきます。」
婚姻を拒否してこともあり、経済圏に参加できるとは思っていなかった。
だけど、どうやら自分の選択はリュウヤの想定内だったらしい。
「それは、来春にでも正式に会談を持とう。」
そう言ってリュウヤは右手を差し出し、ウリエはその手を握る。
「わかりました。その時は、全力で挑ませていただきます。」
そう言って笑う。
外交交渉は武器を持たない戦争。
それに全力で挑むと言われては、リュウヤとしても応じざるを得ない。
「そうそう、来春の即位式には、俺とサクヤ、アデライードの3人が参加させてもらう。
随員と人数は、追って連絡する。」
アデライードの名に、ウリエとフィリップが反応する。
戦うのはリュウヤのみならず、アデライードとも戦うことになるようだ。
普段の人の良さは、国益をぶつけ合う場になってはなりを潜めるようだ。
「容易ならざる敵増えますね。」
自分の姉を"敵"と言い切るか。
これは、ウリエもまた容易ならざる存在となったということか。
そこへ、エガリテ家が用意した四頭立ての馬車がやってくる。
リュウヤらはその馬車に乗り込む。
「リュウヤ陛下、それではまた。」
しばらく進むと、サクラが口を開く。
「よろしかったのですか、あのような態度をとらせて。」
ウリエが対等でありたい、そう語ったことに反感を覚えているようだ。
「かまわぬよ。それに、たいした心意気ではないか。」
リュウヤはそう言って笑う。
「ですが、あまりにも不遜。
御許可をいただければ、不遜な言動の対価を支払わせたものを。」
その物言いに苦笑する。
「ウリエがどこまで考えたのかはわからないが、対等であろうとするならば、良い一手だ。」
リュウヤの実子は、婚姻政策の中に入れられないのだ。
現在、子供がいないということもそうなのだが、なによりもリュウヤがどういう種族に位置付けられるのか、またその寿命がわからないのだ。
さらに言えば、リュウヤは子を成すことができるのか?
そのための機能はあっても、問題は受精できるのか?
仮に受精できて、生育することができたとしても、その寿命はどうなるのか?
人間の国と婚姻政策を展開した場合、リュウヤの実子と相手との間に生まれた子供の寿命が、人間より遥かに長命だった場合に、大きな問題が生ずる。
超長期政権が生まれることになりかねず、他の王族たちとの間に軋轢を生み、国そのものを破壊してしまいかねない。
そしてそうなったとき、龍王国はどう動くことになるのか?
最低でも干渉をし、場合によってはそのまま呑み込まれることになる。
そしてもうひとつ。
婚姻政策のリュウヤの実子が入らないとなれば、婚姻政策による血縁の枠に龍王国は入らない。
枠外の存在となる龍王国は、どのような行動をとるのだろうか?
リュウヤが存命のうちは良いだろう。
だがリュウヤがいなくなったらどうなる?
血縁というブレーキがかからず、周辺諸国を呑み込むべく戦いを繰り広げるかもしれない。
「だから、ウリエが婚姻政策を拒絶してのは、正しい選択ではあるのだ。」
リュウヤの説明にをサクラは理解し、ようやく物騒な考えを放棄した。
それに、婚姻政策も国や時代によっては効果が全くなかったりもするのだ。
日本の戦国時代などは、まさに効果のなかった時代である。
ヨーロッパでも、各国の王家は複雑に入り組んだ血縁関係を結んでいたが、それでも戦争は起こっている。
それならば、無理に婚姻政策を進めるのではなく、共に繁栄するための、経済的な結びつきを強めた方が良いのかもしれない。
それでも、その利益を独占しようという者は現れるだろうが。
ガロアの城門が遠ざかり、それを確認したリュウヤは呟く。
「この辺りで、もうひとつのことを片付けようか。」
と。