お忍びの余波
ジゼルはこの日、王宮より龍王国公使邸への使者として派遣されている。
公使邸までおよそ100メートルあまりまで来た時、その公使邸から出てくる人物3名を見かけた。
「あれ?リュウヤ陛下に似ているけど・・・・・、まさか・・・・・、ね?」
遠目でもあり、確証は持てない。
いくら型にはまらない人物とはいえ、ほとんど供回りを連れずに、他国に・・・・・。
「いや、あり得る。
あの方なら十分にあり得る。」
絶対的な力を持ち、おそらくはイストールの全軍を持ってしても捕らえることなど不可能な、理不尽なまでの存在なのだ。
供回りが少ないからと、その可能性を排除することはとてもできるものではない。
「どうなされました、ジゼル殿。」
ジゼルと同行している従者が、不思議そうに見ている。
「いえ、知人に似た方を見かけたものですから。」
そう答えながら考える。
見間違いならいい。
だが、問題なのは事実だった場合だ。
リュウヤから揉め事を起こすことは考えられないが、揉め事を見かけたら首を突っ込むことは考えられる。
もし、そんなことになったら・・・・・・。
思わず身震いをしてしまう。
ここでジゼルは首を振って、その考えを振り払う。
「まずは、使者としての役目を果たさないと。」
そう呟き、公使邸へと入っていった。
「どうしましょうか?」
ユリウスの問いかけに、
「どうしようかねぇ?」
と、ヴォルンドルは返す。
前もって知らされていたのなら、どうにか対処する方法はあったかもしれない。
だが、今回のように不意打ちで来られると、対処のしようがない。
できることがあるとすれば、誰かを監視役としてつけるくらいだ。
「よし!
公使補佐ユリウスに命じる。これよりリュウヤ陛下のもとに赴き、案内役を務めるように。」
いきなりのヴォルンドルの言葉に、ユリウスは猛然と反論する。
「待ってください!!俺にリュウヤ陛下の監視役などできると思っているのですか?!」
「君ならできる!!」
「できるわけないでしょう!
何かあったら、誰も止められませんよ!!」
「やっぱりそうか?」
まるで、できの悪いコントのようなやりとりだが、ふたりの本気の会話である。
そんなやりとりをしているところに、ジゼルはやってきたのだった。
客間に案内されたジゼルは、すでに公使であるヴォルンドルと、公使補佐のユリウスが揃っていることに、内心で驚いていた。
「ジゼル君。今日はどのような御用向きかな?」
穏やかなヴォルンドルの言葉。
「はい。
来春の、ウリエ殿下の即位式の日取りが決まりましたので、お知らせに参りました。」
ようやく、反対派貴族の粛清がおわり、混乱も終結へと向かってきたため、即位式の日取りを確定させることができたのだ。
「わざわざありがとうございます。」
日取りを記した文書と、リュウヤ宛の招待状が渡される。
「できるだけ早く、出欠と参加人員を確定させ、報告いたします。」
ヴォルンドルはそう応じる。
さらに二、三のやりとりをして、ジゼルが切り出す。
「そういえば先程、リュウヤ陛下によく似た方を見かけたのですが・・・」
言い終わらぬうちに、
「たしかに、似た背格好の方は、先程いらしていましたな。
たしか、ルシウスという名の、パドヴァの人物だったかな?」
ヴォルンドルはそう言ってユリウスを見る。
「はい。パドヴァ出身のルシウスでした。」
「なるほど、パドヴァ出身の方でしたか。
そのパドヴァ出身の方が、なぜ龍王国公使邸へ?」
当然の疑問だろう。
「いや、かのルシウスという男は、パドヴァで騎士をしていた男でね。
私がここにいると知って、訪ねて来てくれたのだ。」
ユリウスはパドヴァの元王子。
相手も元騎士ならば、顔見知りであったとしても不思議なことではない。
筋は通っているように見える。
だが、ジゼルにはまだ腑に落ちないように感じられる。
だが、それを表には出さずに、退出する。
そして、門の外までジゼルが出て行ったことを確認すると、
「誤魔化せたかな?」
「いや、誤魔化しきれなかったような気が・・・。」
「やっぱり、そうですか。」
ヴォルンドルとユリウス、ふたりは顔を見合わせると溜息を吐いた。
「これより王宮に戻る。」
ジゼルは従者にそう伝える。
「今日のお勤めは、これで終わりだったのでは?」
「至急、両殿下にお伝えしなければならないことができた。」
そう言うと、馬首を巡らして王宮へと急ぐ。
杞憂であれば良いが、もし何かが起きたら・・・。
そう考えると、自然と馬を急がせることになった。
大至急、両殿下に伝えたいことがあるとの、ジゼルの申し出に、本来の仕事の手を休め、ウリエ、フィリップの両王子は面談をする。
そして、ジゼルの報告受けたふたりは、頭を抱えることになった。