ユリウスの悩ましい日々
季節は夏から秋へと、ゆっくりと移っていく。
木々が赤く色づくのにはまだ早く、気温にしても、暑さが少し緩んできたかな、という程度であるが。
水の都とも称される、イストール王国の王都ガロアもそれは変わらない。
龍王国より公使補佐として派遣されている、パドヴァ王国の元王子ユリウス・グッジェーロは、湖のほとりに立っていた。
湖から吹き抜ける風が気持ちいい。
ガロアに来た当初は、リュウヤから何も言われなかったこともあり、何をすればよいのかがわからなかったのだが、公使であるリョースアールヴのヴォルンドルの助言もあり、なんとかやっている。
そのおかげか、今ではうっすらとながらも、リュウヤが自分に何をさせたかったのかを理解できているような気がする。
そんなユリウスのもとに、使いの少年が走ってやって来る。
「ユリウスさん、お客さんが来てますよ!」
普段、世話になっているアデライードの生家より紹介された、シャルルという名の少年だ。
「ありがとう、シャルル。」
以前なら、こんな風に感謝の言葉など出なかったであろうが、今ではすんなりと口から出てくる。
共に、公使邸に向かいながら問いかける。
「それで、その客人はどんな人だった?」
シャルル少年はまだ12歳であり、難しい言い回しはわからないだろうと、なるべく平板な物言いを心がけている。
「はい。初めて見る方なのですが、黒髪の背の高い男性でした。
それと、女性の従者をふたり、お連れしていました。」
黒髪の、長身の人物と聞いても、少なくともガロアでは心当たりのない人物だ。
ふたりの女性従者。
「そのふたりの女従者は、奴隷ではなかったのかい?」
「いえ、身なりもよく、とてもそんな風には見えませんでした。」
富裕層の所持する奴隷でなければですが、とも付け加える。
聞かれたことに過不足なく答えられるのは、しっかりとした教育の賜物なのだろうと思う。
公使邸の門をくぐり、門兵に挨拶して中に入っていく。
屋敷内へと入って客人が待っているという客間へ進み、扉を開ける。
そこにいたのはヴォルンドルと、
「リュ、リュウヤ陛下!?」
なぜかリュウヤが居た。
「陛下」という尊称を受ける人物を目の当たりにして、シャルル少年は恐慌をきたしている。
「気にするな少年。
お忍びというやつだ。だから、そんなに畏まらなくていいぞ。」
そう言われても、ハイそうですねと、態度を変えられるものなど居ないだろう。
「陛下がここにいることは、ちゃんと伝えているのでしょうね?」
「ああ、アデライードは知っている。
生家のエガリテ家に挨拶と、手紙を届けたからな。」
リュウヤの返答に引っかかりを覚える。
「その他の、例えばサクヤ様には伝えているのでしょうか?」
"アデライードは"ということは、他の方々はどうなのだろう?
「なかなか鋭くなってきたな、ユリウス。
成長した姿を見れて、嬉しいぞ。」
なるほど、アデライード"だけ"に伝えて来たのか。
呆れたように溜息を吐くと、
「今日は、何をしにいらしたのですか?
ろくに供も連れずに。」
「お前の様子を見に来たのと、ガロアの観光だよ。」
かつて、一度だけガロアに来たことがあるのだが、その時は湖側からであり、すぐに王宮へと入っていったため、街そのものを見ていないのだ。
だから、お忍びで観光に来たのだという。
リュウヤの返答を聞き、ユリウスは脱力する。
「いえ、ですから陛下はご自分の立場というものをお忘れですか?」
脱力しながらも、言うべきは言わないとと、ユリウスはリュウヤを咎め立てる。
「大丈夫だろう。前回来た時はシヴァの背に乗って湖に着水したし、俺の顔を知っている者は、ガロアにはほとんどいないからな。」
「そういうことではなく、国王という立場をどう心得ているのですか?」
「それは大丈夫。今の俺は国王じゃないから。」
そう言ってリュウヤは、懐から一枚のカード状のもの取り出す。
「これは?」
そう呟き、カードを確認する。
そこにはパドヴァ王国国民として、ルシウスという名の存在の身分証明が記されている。
「どうやって、こんな物を手に入れたのですか?」
「ピエトロに頼んだら、即時発行してくれたよ。」
どうやってピエトロを説得したのかは知らないが、公式な偽装身分証を入手したらしい。
「アルテアも持っているぞ?」
リュウヤの後ろに控えている女従者のひとりが、アルテアであることにここで気づく。
リュウヤがいたことの衝撃が強すぎて、女従者の存在を失念してしまっていた。
「もうひとりの方は?」
そう問われると、女従者は頭部の覆いを外して挨拶をする。
「サクラと申します、ユリウス殿。」
覆いの下から出てきた角を見て、ユリウスは息を呑む。
「鬼人か。」
「はい。我らが一族は、リュウヤ陛下のもとにお仕えすることになりました。
以後、お見知り置きを。」
サクラは、覆いを被る。
街中に鬼人が居るとなれば、混乱は避けられなくなる。
そのため、覆いをつけることによって角を隠したのだ。
「俺の護衛は、サクラだけでは不足かな?
不足だというのなら・・・」
そう言いながら、アルテアに後ろを向かせるとそのマントを捲り上げる。
マントの中には、2匹の拳大の蜘蛛がいる。
それに反応したのはユリウスではなく、ヴォルンドルだった。
「デス・スパイダー!!」
慌てて身構えるヴォルンドルを手で制し、落ち着かせる。
「たしかに、それだけのものがいるのなら、身の安全は確保されているのでしょうな。」
ヴォルンドルが力なく呟く。
「わかりました。ですが、揉め事、厄介ごとを起こさないようにお願いしますよ、陛下。」
最後の「陛下」という言葉に力を込めるユリウス。
「ああ、わかっている。俺は、自分から揉め事を起こしたことはないから、安心しろ。」
その言葉に、あちこちから冷ややかな視線が突き刺さる。
こうして、ユリウスの悩ましい日々が始まる。
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