オスカル・シーレ
しばらくは内政と外交、日常的なものになります。
この日の夕食。
参加者はリュウヤとサクヤは当然として、アナスタシアにギイとアイニッキ。アデライードにフェミリンス、エストレイシア、カルミラ、モミジ、ライラ、ラティエ、ミーティア、トルイ、コジモ、リュウネ、マロツィア、レティシア、ナスチャ。
さらにユーリャとアリフレートと、各獣人たちからひとりずつ。
オスト王国からイザーク伯と3人の王子王女。
そしてもうひとり、大きな包みをふたつ持っている20代になるかどうかという若い男。
「こ、この度は、お、お招き、いただき、ありがとう、ございます!!」
極度の緊張からか、口上が途切れ途切れになってしまっている。
「そんなに緊張するな、と言っても無理な話か。」
あまりにも雑多な種族構成であり、一般に魔族と総称され恐れられている鬼人に夢魔、吸血鬼までいる。
もはや完全に慣れているパドヴァの王族たちはともかく、初めてこれだけの異種族を前にしては、緊張して当たり前だろう。
「肝心の、名前を教えてはもらえないのかな?」
穏やかなリュウヤの言葉に、
「は、はい!オスカル・シーレと言い・・・、申します!」
「では、その作品を見せてくれないか?」
「た、ただいま、お見せします。」
慌てて包みを開けようとするオスカルを、
「いや、そのままでよい。」
リュウヤはとどめると、最近付けられたエルフの侍女カステヘルミに命じて受け取らせる。
「カステヘルミ、まずひとつをこちらに。」
包みをふたつ受け取ったカステヘルミに、アルテアが声をかけてひとつ受け取り、リュウヤに渡す。
受け取った包みを広げて、中にある絵画を取り出し、じっと見る。
作者であるオスカル・シーレにとっては、無限とも思える時間だったかもしれない。
「面白いな、この絵は。」
リュウヤはそう呟き、
「イチョウ、カエデ。この絵をそこの壁にかけて、皆が見えるようにしてくれ。」
名を呼ばれたふたりは、リュウヤの言葉に従って絵画を壁にかける。
壁にかけられた絵画を見た皆んなの反応は、様々だった。
描かれているのは果実。
テーブルに置かれたものを写生したのだろう。
その筆は力強い、というよりも力が入り過ぎているようにも見え、そのため写実性ではかなり劣る。
そして、この絵を見てリュウヤが思い立った言葉が、「後期印象派(ポスト印象派)」だった。
おそらくこの世界の、現在の芸術家たちには受け入れられることのない画風。
出てくるのが早過ぎた天才、オスカル・シーレはそういう存在なのかもしれない。
「トルイ、どう思う?
偽りなく、本音で語れ。」
最初に呼ばれたのはドワーフのトルイ。
「面白いとは思います。
ですが、まるで子供が描いたかのように見えます。」
写実性を重要視する、現在のこの世界の芸術感ではそう評価されるのだろう。
「ギイはどうだ?」
「ワシもトルイと同意じゃ。
確かに面白いし、感じるところはある。
だが、やはり稚拙としか思えん。」
他の者たちにも意見を聞くが、やはり似たり寄ったりのものばかりだった。
その評価を聞くたびにに、オスカルの表情は暗くなっていく。
そして、全員の意見を聞いてリュウヤがオスカルに話しかける。
「聞いての通りだ。どうやら、君の画風を理解できる者はおらず、君を指導できる者もいない。」
その言葉にオスカルは可哀想なくらいに意気消沈する。
「だが、私は君の画風は面白いと思うし、その才能を惜しむ。」
えっと、驚いた表情をして顔をあげる。
「君の絵は、その生涯で一枚も売れないかもしれない。」
後期印象派を代表する画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、その生涯で売ることができた絵画は一枚のみ。
わずか60フランが、画家としてのゴッホの全収入なのだ。
「だが、君が望むなら、この国にいる限りにおいて衣食住、画材をその生涯において提供しよう。」
これは、リュウヤがオスカル・シーレのパトロンになるという宣言である。
「そ、それは、いったい・・・?」
何を言われたのか理解できない様子のオスカルは、そう口にするのがやっとだった。
「わかりやすく言うと、だ。君を指導できる者はこの時代にはいない。
だから、君は自由に、好きなように描けばいい。
そのために必要な生活費、画材のことは気にするなと、そういうことだ。」
ようやく理解してきたのだろうか、暗かった表情が徐々に明るくなっていく。
その表情の変化を見ながら、もうひとつの包みを持っているカステヘルミに、それも包みを開けて壁にかけるように話しかける。
先程のものよりも、ふた回りほど大きなキャンバスに描かれていたのは、夜の森。
説明を求めると、滞在している部屋から見えた森なのだという。
先程の果実画に似て、力強いタッチで描かれているが、上部に描かれている星々の光は、優しい筆使いをしているように見える。
「この絵は、私の執務室に飾らせてもらおう。」
リュウヤの執務室に飾るということは、そこに来た来客は必ずこの絵を見ることになる。
これほどのアピールの場はないだろう。
「あ、ありがとうございます!!」
感極まったようなオスカルの様子に、
「ではオスカル君。いい加減に着席してくれないか?
君が着席してくれないと、食事が始められないんだ。」
「も、申し訳ありません!す、すぐに着席します!!」
その慌てぶりに、軽く笑いに包まれる。
「リュウヤ陛下。」
夕食の後、イザーク伯がリュウヤを呼び止める。
「本当に良かったのですか?」
オスカル・シーレの受け入れのことだろう。
「俺は、才能があると思えばこそ受け入れた。
そこに嘘偽りはないぞ?」
リュウヤを見つめ、大きく頷く。
リュウヤの言葉通り、嘘がないことを認めたのだろう。
「これを預かっております。」
懐から手紙を取り出し、リュウヤに手渡す。
その署名にはラスカリス候の名がある。
「オスカル・シーレが受け入れられたなら、それを陛下にお渡しするように、と。」
受け取った手紙を開き、リュウヤは目を通す。
内容は、オスカル・シーレのこと。
「なるほど、彼はラスカリス候の庶子だったのか。」
絵の具をはじめとした画材は、非常に高価なものだ。
それをふんだんにに使えるということは、それなりの身分の家か、富裕層ということになる。
だが、彼の言動にはその片鱗が見られない。
それはどういうことなのか?
すでにパトロンがいるのか、またはご落胤というところしか繋がらない。
パトロンがすでにいるのならば、龍王国に来る必要がない。
そうなると答えはひとつに絞られる。
「だからあの時、嬉しそうな顔をしていたのか。」
オスト王国の王宮の廊下でのことを思い出す。
ならば自国で、ラスカリス候の手元に置いておけば良かったのではないか、そういう疑問も浮かぶだろう。
だが、既に伝統というしがらみの中にいては、彼の才能を伸ばせないと、そう考えたのかもしれない。
「ラスカリス候には承知したと、そう伝えてくれ。」
リュウヤの返答を、イザーク伯は恭しく受け取った。