オスト王国との条約締結と会談
セルヴィ王国国王アレクサンダル・ニコラエブナを中心とした、セルヴィ王国使節団が帰国すると、オスト王国との交渉が本格化する。
オスト王国側の目的は正式な国交の樹立に、軍事同盟の締結。
軍事同盟に関しては、できるならばセルヴィ王国と結んだ攻守同盟が望ましい。
ただ、攻守同盟を結んでしまうと、セルヴィ王国領となったコスヴォル地方を取り戻すことはできなくなるという、デメリットが生じる。
だが、周辺国が弱体化した状況を見逃すとは思えない。
それらから自国を守るという利点は、なかなか魅力的ではある。
どちらを選択するかは、オスト王国側にあるのであって、龍王国はどちらを選択されてもかまわない。
龍王国にとって重要なのは国境の安定なのであって、それ以上でもそれ以下でもない。
こちらを巻き込まなければ、何をやってもらってもかまわない。
「攻守同盟を、我がオスト王国は申し込みたいと考えております。」
イザーク伯はそう発言する。
「それは、オスト王国の意志と、そう受け取ってよいのか?」
一応、確認をする。
確認するまでもないとは思う。
現在、オスト王国を掌握しているラスカリス候は、内政を重視する人物だ。
その人物が派遣してきたとなれば、極力戦闘を避けるという選択をするよう言い含められていると考えられるのだ。
「はい。ジギスムント殿下及び、ラスカリス候から全権を委ねられております。」
「わかった。ならば、伯の言葉をオスト王国の言葉として、話を進めよう。」
実のところ、オスト王国との交渉もほとんどアデライードが担当しており、ほぼまとまっている。
攻守同盟に関しては、セルヴィ王国とのものが基本となっており、唯一の違いは、同盟発動時には龍王国の軍はオスト王国内を許可なく通行できることだ。
これを提案してきたのはオスト王国側であり、リュウヤはそのことを何度も確認したくらいである。
ただ、さすがにこの条項を適用するのは、よほどの緊急時に限られるとは思われる。
なんでもかんでも適用していては、相手国国民の感情を害することになりかねない。
そして、修好条約にはとんでもない条項が加えられている。
龍王国、オスト王国間の関税の撤廃である。
この条項をアデライードから知らされた時、
「本気か?」
そうリュウヤは問い返したくらいだ。
この関税というのは、この世界くらいの文明レベルの国ならば、重要な資金源でもある。
「ラスカリス候は、陛下と同じことを考えているのではないでしょうか?」
人と物が動きやすくなれば、同様に金を動く。
龍王国はそれを実践するために道路敷設等のインフラ整備を進めている。
これをハードの面として捉えれば、関税撤廃はソフト面でのことだ。
「それだけでなく、龍王国の産業基盤が整うまでに、売れるものを売っておきたいのだろうな。」
そこで賠償金を少しでも回収するつもりだろう。
だが、関税撤廃は今後の布石としても使える。
周辺国を巻き込んで経済圏を作り上げれば、より多くの利益をもたらし得る。
そして、オスト王国側からの正式な要請。
ジギスムント王太子の即位式への参列。
このことに、リュウヤは快諾する。
ただひとつだけ、
「イストール王国と被らないようにしていただければ、是非とも参列させていただく。」
条件を付けている。
イストール王国のウリエ王子の即位式が、来春に予定されている。
「わかりました。では、そのように伝えさせていただきます。」
この会話の後、条約に署名される。
オスト王国との交渉そのものは終了したものの、別のことでイザーク伯との会談が行われる。
それは、先の戦いにより主戦派貴族の多くが没落し、それにより失業者が増加してしまったのだ。
肉体労働でもさせればいいと、そう思ったりもするのだが、貴族に仕えていただけにそういった方面に向かないのだという。
職種を確認すると、執事や侍女、家庭教師、庭師、料理人が主だという。
実は、人質として送られてきた3人の付き人のなかには、そういった者たちもおり、また没落貴族の子弟も幾人か入っているのだという。
その受け入れが可能であるか、その打診である。
「希望者がどれだけいるのかはわからんが、受け入れは可能だ。
特に、家庭教師をしていた者と、料理人は喉から手が出るくらいに欲しい。」
来年には教育機関の開校が決まっているのだが、教員が不足している。
特に、王族や貴族の子弟を教育できる者が、圧倒的に不足している。
リュウヤ自身は貴族を置く気はないのだが、それでも他国の上位階級の者と接する機会が多くなる、上級官僚にはそういった教育をしておかなければならない。
そして料理人。
リュウヤが何かを試作するにしても、助言をしてくれる人材が欲しいのだ。
それだけでなく、この世界の調理法も知っておきたい。
「わかりました。
帰国次第、希望者をまとめ報告いたします。
それから・・・」
話づらそうにイザーク伯は続ける。
「先日、陛下からお褒めいただいた絵画の作者なのですが、この度の使節団の中におりまして・・・。」
「あの絵の作者か!
ならば、もっと早く言ってもらえればよいのに。」
イザーク伯としては、あの時の言葉は単なるリップサービスだと思い、覚えているかどうかがわからなかったため、今まで言い出せなかったのだ。
イザーク伯はホッとした顔で、
「それでは、夕食の後にでも連れて参ります。」
「いや、それならば一緒に夕食をとることにしよう。
ギイも同席させれば、その方が話も早く進むだろう。」
「わかりました。
そのように、本人に伝えます。」
イザーク伯との会談は、こうして終了した。