セルヴィ王国使節団到着
セルヴィ王国からの使節団が到着したのは、正午前だった。
当然のように、自ら出迎えるリュウヤの前に最初に現れたのは、シニシャ・ニコラエブナ。
「お久しぶりですな、リュウヤ陛下。」
そう言って手を差し出す。
リュウヤはその手を握り、
「お前さんがくるとはな。
国内に留めておけない、問題児ってところか。」
リュウヤの物言いに、その手を力強く握り返し、
「随分と、俺を評価してくれてるんだな。」
そう言って笑う。
シニシャに続いて馬車から降りてきたのは、セルヴィ王国国王。
「お初にお目にかかる。
セルヴィ王国国王アレクサンダル・ニコラエブナ。
我が国の悲願、コスヴォル奪還の力添え、感謝する。」
深々と頭を下げるアレクサンダルに、リュウヤは手を差し出し、
「そのような堅苦しい挨拶は不要。
コスヴォルについては、我が国にも利があると考えればこそ、手を貸したまでのこと。」
「そうだぞ、兄者。
そのおかげで、我らは龍王国が負うべき憎悪を、肩代わりすることになったのだ。」
忌々しそうな口ぶりとは裏腹に、表情は揶揄うような色を見せている。
「しかも、我が姪を輿入れさせるのだ。
遠慮する必要など無いだろうよ。」
この物言いに、リュウヤは苦笑しながら、
「それは、お前の方からの申し入れではなかったかな?」
そう反問する。
「シニシャ、そこまでにしておけ。」
アレクサンダルが弟の軽口をたしなめる。
そこへ、馬車から降りて現れるもうひとりの人物。
「お、お初にお目にかかります、リュウヤ陛下。
セルヴィ王国、国王アレクサンダルの娘、アナスタシアと申します。」
一生懸命に言上を覚えてきたのだろう。
たどたどしいながらも、懸命に言葉を紡いでいる。
緊張した面持ちの、父親譲りの赤毛を持つ美少女に、リュウヤは目線を合わせて語りかける。
「はじめまして、アナスタシア殿下。
お幾つになられましたかな?」
穏やかな口調に、アナスタシア王女も少しは緊張がほぐれたのかもしれない。
「せ、先月に、10歳になりました。」
その返事をにこやかに聞いていたリュウヤは、その笑顔を崩さずにシニシャに向き合う。
そしてその肩を軽く叩いたように見せつつ、ダメージを与えながら、
「俺には幼女趣味はないのだがな。」
軽く怒気を孕んだ耳打ちをする。
「なに、あと5年もすれば、立派な美女に育つさ。
お前好みに育てればよいではないか。」
此奴は、俺に「光源氏」になれとでも言うのか?
だが、輿入れを反故にはできない。
セルヴィ王国の面子を潰すことになりかねず、東方国境の安定という最大利益を喪失することになってしまう。
リュウヤとシニシャ。ふたりが深刻な、それでいて小声で駆け引きを繰り広げているなか、勘違いしたアナスタシアが、その父アレクサンダルに話しかける。
「シニシャ叔父上とリュウヤ陛下、とても仲が良いのですね。」
周囲からすると、じゃれあっているように見えるのだから、彼女の勘違いとは一概には言えないだろう。
だから、周囲の者たちも彼女の勘違いに気づかない。
気づいているのは、ほんの一部の者。
サクヤ、エストレイシア、アデライード、スティール、タカオ、アレクサンダルら、気づいている者は無邪気なアナスタシアの言葉に苦笑しつつも、彼女を微笑ましく見ている。
そして、リュウヤとシニシャの小競り合いは中断され、本来の流れへと戻る。
リュウヤはアレクサンダルと並んで歩き、会食の場へと案内する。
そのやや後方にて続いていくシニシャは、岩山の王宮内の様子を見て驚いている。
オスト王国相手の共闘では見なかった種族、鬼人族に夢魔族。そして吸血鬼の姿を見たからだ。
いったい、この国はどれほどの戦力を保持しているのだろう?
国の大きさや国力では、イストール王国やオスト王国には及ばないだろう。だが、戦力という点ではこの地域では随一ではないか?
東方の大国オスマル帝国とも、正面から殴り合えるに違いない。
それを後ろ盾とできたことは、とてつもない幸運に違いない。
とはいえ、セルヴィ王国が龍王国に呑み込まれる可能性も、それだけ高いといえる。
現状は、リュウヤに領土拡張の野心がないことが明白ではあるが、今後もそうだとは言い切れない。
また、リュウヤの在位中はそうかもしれないが、その後継者はどうか?
難しい舵取りが予想されるが、そのためにアナスタシアを送り込むのだ。
姪にそれを伝えてはいない。
伝えたところで10歳の少女には、なにもできないだろうから。
アナスタシアがリュウヤの子を産めば最良。
たとえ産むことがなかったとしても、あのリュウヤのことだ。
決定的なことがない限り、その生国を攻撃するようなことはないだろう。
だから、リュウヤが在位している間に、龍王国との関係・立場を強固なものとしなければならない。
シニシャは改めて腹を括っていた。
歓迎式典に先立ち、セルヴィ王国、オスト王国の使節団との会食が行われる。
到着したばかりのセルヴィ王国からアレクサンダルとシニシャ、アナスタシアに、主要な文官数名。
オスト王国からクリスティーネとエレオノーラ、マクシミリアンに、イザーク伯が参加する。
龍王国からは、リュウヤとサクヤ、アデライードにリュウネ。
また、パドヴァ出身のコジモとレティシア、マロツィアが参加している。
リュウネやマロツィアを参加させたのは、アナスタシアやエレオノーラといった、近い年齢の者がいるためであり、年少者同士で話せる事もあるだろうという配慮からである。
そしてその配慮は当たり、4人は同じ場所に集まって、なにやら楽しそうに話をしている。
また、コジモはマクシミリアンに話しかけ、相手をしている。
そんな若年者たちの様子を見て、リュウヤは一安心していた。