ドルシッラの悪戯
翌朝。
エレオノーラが部屋にいないことに気づいたクリスティーネが、侍女に連れられてリュウヤの私室にやって来た。
そこでクリスティーネが見たのは、ソファに向かい合って座り、談笑しているリュウヤとサクヤ。そしてふたりにお茶を淹れている人間族の侍女アルテア、リュウヤの背後に立っている夢魔族の侍女ドルシッラ。
「おはよう。
エレオノーラなら、ベッドで眠っているぞ。」
リュウヤの言葉を聞いてベッドを見ると、スヤスヤと寝息をたてているエレオノーラの姿があった。
「へ、陛下、申し訳ありません。
妹がご迷惑をおかけしてしまって。」
クリスティーネは恐縮して、リュウヤに頭を下げている。
「気にするな。
知らぬ土地で眠りが浅くなったり、廊下に出て迷子になることは、誰にでもあることだ。」
リュウヤの言葉にホッとする。
そしてベッドで眠っているエレオノーラに声をかける。
「エレオノーラ、起きなさい。」
「う、うーん・・・」
寝返りをうつエレオノーラ。
「エレオノーラ!」
強めの口調で妹に呼びかける。
「・・・あれ?クリス姉様?」
寝惚け眼をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。
そして、周りを確認するように見回す。
そしてリュウヤを見ると、離れたところからでもわかるほど顔を真っ赤にして、布団の中に潜りこんでしまう。
「エレオノーラ、これ以上リュウヤ陛下にご迷惑をおかけしてはいけません。
迷子になっていたところを助けていただいた御礼をしなさい。」
え?迷子?
ぼーっとする頭が覚醒していくに従い、リュウヤが自分が恥ずかしくないように説明してくれたことに思いいたる。
エレオノーラは意を決してベッドから降りると、リュウヤの元に小走りに駆け寄る。
「りゅ、リュウヤ陛下、昨夜はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」
まだ子供らしい謝罪の言葉。
子供らしい謝罪の言葉に、微笑ましく思い受け入れる。
これでエレオノーラは、リュウヤの側を離れるかと思ったのだが、まだ何かを伝えたいのか、恥ずかしそうにもじもじとしている。
その様子に、他人に聞かれたくないのだろうと思い、エレオノーラに耳を近づける。
すると、エレオノーラは意表をつく行動をする。
リュウヤの頰にキスをしたのだ。
さすがに驚くリュウヤに、
「ノーラって呼んでください、リュウヤ陛下。」
朗らかな笑顔を向けて言うと、恥ずかしそうに扉に向けて走り出す。
「エ、エレオノーラ!」
驚いたのはリュウヤだけでなく、クリスティーネも同じだったようである。
慌ててリュウヤに謝罪をすると、エレオノーラの後を追って退室する。
慌ただしい様子を見た後、
「随分と好かれているのですね。」
サクヤは笑顔を浮かべながら口にする。
その表情に、他意はみられない。
リュウヤはサクヤの言葉には答えずに、
「ドルシッラ、お前、なにをした?」
急に名を呼ばれた侍女は、
「陛下に命じられました、彼女の不安を取り除いただけでございます。」
しれっと答える。
「言い方を間違えたな。どのように不安を取り除いたのだ?」
重ねて問い質すリュウヤに、ドルシッラは答える。
「不安の元凶を取り除き、代わりに別の感情を植え付けました。それは・・・」
言葉を続けようとして、リュウヤに遮られる。
「そこから先は言わなくてもいい。
想像はついた。」
不安とはどのように生まれるのか。
それは、知らない土地で過ごす孤独感や、見知らぬ者ばかりの環境への警戒心だったりする。
それを打ち消すために、好意という感情をエレオノーラに植え付けたのだろう。しかもその対象をリュウヤにして。
どういうことなのか知りたがったサクヤに説明し、
「なぜ対象を俺にした?」
「その方が、楽しそうでしたから。」
あまりな返答に、リュウヤは絶句する。
そのリュウヤの様子を面白そうに見ながら、
「それは、7割ほど本音ですが、それが一番効果的だと思ったからでございます。」
ひとつには、好意という感情の対象とするのに、リュウヤ以外の者では接点がほとんどないこと。
また、成長してその感情が薄れたとしても、「初恋」として美しい想いのまま残るであろうこと。
そして、王女である彼女がリュウヤとその配下である異人種を受け入れていることを示せば、他の者への波及効果が見込めること。
「もっともらしい説明だが、その言い訳はいつ考えた?」
「つい先程。」
悪びれないドルシッラに、リュウヤは溜息をついていた。