深夜の出来事
懇談会ーより正確に言うならばオスト王国からの使節団の顔見せーが、使節団の疲労を考慮して、短い時間で切り上げられる。
クリスティーネ、エレオノーラ、マクシミリアンの3人は、用意された部屋で眠っていた。
当初は、3人別々の部屋を用意していたのだが、
「見知らぬ場所で一人部屋は、心細いのではないか?」
というリュウヤの言葉によって、この地に慣れるまで3人同部屋となった。
このことに安堵したのは、クリスティーネだった。
彼女自身もそうなのだが、やはり初めての地は心細いもの。
まだ幼い弟妹は、もっと心細く感じていることは間違いない。
ただ、長旅の疲れもあったのであろう。
クリスティーネとマクシミリアンは、ベッドに入ると深い眠りについたのだが、エレオノーラは眠りが浅かったようで、まだ夜更けだというのに目が覚めてしまった。
周りを見回すと、別のベッドでクリスティーネが眠っていることを確認する。
「姉様、クリス姉様。」
クリスティーネの体を揺するが、目覚める様子はうかがえない。
「どうしよう・・・。」
そう呟くと、軽く身震いをする。
この部屋に案内された時は、とても疲れていて眠かったため、すぐに眠ってしまった。
いつもなら眠る前にトイレに行くのだが、それをしていなかったために、尿意を感じて目が覚めてしまったのだ。
「トイレ、どこだろう?」
扉を開けて廊下を見てみるが、暗くてよくわからない。
どうしようか迷ったが、意を決して部屋から出てトイレを探すことにする。
探すことにしたのだが、15メートルほど歩くと、後悔してしまう。
廊下は真っ暗であり、しかも初めての場所。
戻ろうと思っても、元の部屋までわからなくなってしまったのだ。
泣き出しそうになるのを堪えて、もう少し、そう考えて歩き出したとき、
「どうしたのだ、こんな夜更けに。」
後ろから声をかけられる。
後ろを振り返って、声をかけてきた人物を確認すると、そこにいたのはリュウヤと、人間族の侍女だった。
エレオノーラは、ふたりを見るとホッとしてしまう。
そのホッとして緊張が緩んだとき、足元に小さな水たまりを作ってしまった。
「ご、ごめんなさい!!」
その場に座り込んで、エグエグ泣きながら"ごめんなさい"を連呼する。
「アルテア、この娘を浴室に。それと・・・」
アルテアはリュウヤが言い終わる前に、
「承知致しました。」
グスグスと泣いているエレオノーラを促し、浴室へと向かう。
アルテアがこの場を離れてから間もなく、侍女が数名現れて掃除を行い、痕跡をなくしていく。
それを確認したリュウヤは、見回りを中断して厨房へ向かった。
エレオノーラの身体を洗い、着替えを済ませてアルテアはリュウヤの部屋へと、エレオノーラを連れてきた。
「眠れなかったのかな?」
テーブルを挟んで向かい側のソファに座るエレオノーラに、リュウヤが声をかける。
「あ、あの、おトイレに行きたくなってしまって、それで、場所がわからなくて・・・」
恥ずかしさから泣きそうな顔で、エレオノーラは答える。
状況を理解したリュウヤは、厨房で温めてきた牛乳をすすめる。
「それを飲むと、少しは気持ちが落ち着くだろう。
飲んだら、そこのベッドで眠っていきなさい。」
「で、でも、そのベッドは、陛下の・・・」
リュウヤは立ち上がって、エレオノーラの頭に手を乗せ、撫でる。
「遠慮はしなくていい。ゆっくりと休みなさい。」
「はい、ありがとうございます、陛下。」
牛乳を飲み終えると、エレオノーラはベッドへ入って眠りにつく。
それを確認すると、リュウヤはドルシッラを呼ぶ。
この夜更けに呼び出されたドルシッラは、内心で期待していた。
ついに夜伽の声がかりがきたのか、と。
その期待も、部屋の中にアルテアがいること、そしてベッドで眠るエレオノーラを見て消えていく。
「どのような御用件でしょうか?」
期待が外れたことなど微塵も見せず、侍女としての態度を完璧にみせる。
「お前の力で、この娘の不安をとりのぞいてやってくれ。」
夢魔族は精神に作用する魔法を得意としている。
その力を使えば、エレオノーラの不安を取り除くなど容易いだろう。
「わかりました。」
ドルシッラは、エレオノーラの額に手をかざし、魔力を注ぎ込む。
時間にして数分の間、ドルシッラはそのままの態勢でいたが、やがてエレオノーラから離れてリュウヤの元に戻る。
「終わりました。これで、朝までぐっすりと眠れるでしょう。」
「ありがとう。」
リュウヤの感謝の言葉に、ドルシッラは微笑を浮かべる。
「陛下が言われる言葉でもないでしょうに。」
たしかにその通りだとは思うのだが、これも日本人としての癖が抜けていないということなのだろう。
「あちらの世界で染み付いた習慣だからな。なかなか、抜けない。」
苦笑混じりにリュウヤが答える。
「いえ、抜けない方がよろしいかと。
陛下が下々の者に対しても、常に感謝の言葉を忘れないとなれば、より一層の励みとなりましょう。」
扉を開ける音とともに、執事のアスランの発言。
そして、それに続いて入室してきたのはサクヤ。
「他の子供達は、みな眠っていました。」
クリスティーネ、マクシミリアン、エレオノーラの付き人として選抜された、15名の子供達。
彼らも、今は眠っているとのことだ。
「おふたりは、子供達が来るといつも見廻っておられるのですか?」
ドルシッラの驚きの声。
「そうだ。パドヴァの子供達の時に見廻っていたからな。
自分達のときは見廻ってくれなかった、などと思われては、亀裂を生むことになりかねん。」
驚いた表情をみせる、アスランとドルシッラ。
「こっそりと行こうとしたら、アルテアに見つかってしまったがな。」
部屋を出たところで、当直のアルテアに見つかり、同行させることになったのだが、今夜に関しては、不幸中の幸いといえるかもしれない。
本音を言うのなら、まだ15歳に満たない少女を当直や夜勤などさせたくないのだが、こちらの世界とむこうの世界では、労働習慣が違う。
こちらの世界の実情を無視して、むこうのやり方をあまりに取り入れすぎれば、押し付けと取られかねない。
「陛下がそのようなことをなされると、レティシア様より伺っておりましたから。」
リュウヤの行動はリサーチ済みだとばかりに、胸を張るアルテア。
そして驚きの一言。
「レティシア様たちも、見廻ってくれていたのです。」
リュウヤは驚いてサクヤを見る。
すると、サクヤは小さく頷く。
「自分達が、そのことに感謝しているのだから、そのことをお返しするのだと。
そう言っておりました。」
良き連鎖、そう言っていいのだろうか?
自分が始めたことが、変に負担にならなければよいと思うのだが・・・。
「考え込まなくても、よろしいのでは?
子供達は、陛下の背中を見て育っていると、そういうことなのですから。」
フォローなのか、イマイチよくわからないアスランの言葉。
「それよりもアスラン。お前が執事としての役目以外で、こんな夜更けに来たのは何か理由があるのだろう?」
リュウヤは強引に話を変える。
「先日、陛下にお話いたしました者たちと接触しました。
近日中に、こちらに代表者を送るとのことでございます。」
バーレたちの監視役を任せる者のことか、そうかつての会話を思い出す。
「それで、俺は何をすればいいのだ?」
「何も。
普段通りにしていただければ、それで十分でございます。」
普段通り、ねえ?
そう思いながらも、口にしたのは、
「それは、どのような者たちなのだ?」
「それは、"天狗族"と申します。」
アスランの言葉に、ドルシッラが驚く。
「アスラン、天狗族といえば・・・」
「鬼人族と少しばかり仲が悪いですが、陛下であれば纏め上げることができましょう。」
どうやら、新たな火種がやってくることになりそうである。