文化への認識
岩山の中に入ると、そこは外観からは想像もつかない華美な装飾がされており、かつてリュウヤが語っていたという、
「我が国には文化的なものが少ない。」
とは、何を指して語ったのかわからなくなる。
「イザーク卿。本当にリュウヤ陛下は文化的なものが少ないなんて、仰られたのかしら?」
その言葉に反応したのは、イザーク伯ではなくドヴェルグのギイだった。
「陛下は、そのようなことを言われたのかな?」
リュウヤを揶揄うような口調である。
もっとも、リュウヤは常々このようなことを語っているため、ギイは気を悪くしたわけではない。
むしろ、リュウヤの考え方をクリスティーネらに伝えるために、あえて乗ったのである。
そして、リュウヤもギイの考えを理解しているため、あえて乗ってみせる。
「たしかに口にしたな。
絵画や彫刻などの、美術に関してだけ言ったわけではないのだが・・・」
そう言うと、足を止めて天井を見上げる。
天井にも見事な絵が描かれており、また照明器具も、意匠を凝らしたものであることが、一目でわかる。
「写実性などは見事なものだし、その技巧は一級品であることは理解している。
ただ、俺には似たようなものに見えてしまう時がある。
まるで宗教画のように。」
「宗教画・・・。
なるほどな。」
ギイはリュウヤの言葉に考えこむ。
「もっと色々な発想が有っても良いと、そう思うのだがな。」
これは、21世紀の地球を知っていればこそ出てくる感想だろう。
幾多もの様式を重層的に織り交ぜて発展してきた、地球の絵画や彫刻と違って、この世界ではそういった美術関係はドヴェルグやドワーフの物、そんな固定観念がある。
そのため、ドヴェルグやドワーフの発想の物が主流となり、他の種族の発想というものが育たなかったのではないか?
リュウヤはそんなことを口にする。
「俺のいた世界では、人間族しかいなかったからな。
人間の寿命など、どんなに長生きしても100年と少し。
ドヴェルグやドワーフとは、寿命からして違う。」
寿命が長ければ、それだけ世代交代が遅くなる。
それが影響しているのかもしれない。
「陛下のいた世界・・・、ですか?」
クリスティーネが当然の疑問を口にする。
「ああ。俺は、元々はこの世界の存在ではない。」
リュウヤは、自分が別の世界の住人であったが、この世界に紛れこんだ者だと説明する。
龍人族に保護され、始源の龍の復活に手を貸したことから、この地の王となったのだと、本来とは違う物語を話して聞かせる。
なぜそんな作り話を語るのか?
それは、龍人族に異世界からの召喚術があることを秘匿するためと、上記に似た話がいつのまにか、国内に広まっていたからである。
誰がそのような話を広めたかというと、アデライードである。
リュウヤの神性を高めるために、あえてそういう話を流したのだ。
変に事実を話してしまうと、リュウヤと龍人族の関係などにも大きく違和感を持たれかねない。
イザーク伯はそこで思いついたように、
「最近、我が国に持ち込まれました"活版印刷"というのは、もしかして・・・。」
そう疑問を呈すると、
「はい、リュウヤ陛下が持ち込まれ物です。」
サクヤが答える。
「他にも、陛下が持ち込まれた道具はたくさんあります。
滞在の間に、それらの道具を見て行かれると良いでしょう。」
こういう会話は、自分のいないところでやってほしいと、リュウヤはそう思う。
「陛下は、美術に関すること以外でも、文化的なものが少ないと、そうお考えなのですよね?」
遠慮がちに、クリスティーネが話しかける。
「そうだな。
文学という部分でもそうだし、観劇、音楽もそうだな。
そういったものを、もっと身近に感じられるようになってほしいと、そう思っている。」
一般へと裾野が広がれば、それだけ才能を持った存在を発掘しやすくなるし、それは文化の発展へと繋がっていく。
これはなにも、文化的なことだけに留まらず、スポーツなどでも同様のことが言える。
一番わかりやすいのがサッカーだろう。
日本が、ワールドカップに6回連続して出場できるようになったのも、Jリーグ誕生によって裾野が広がり、多くの才能ある選手が発掘されてきた。
かつては、代表選手のほとんどが静岡県出身だったのが、現在では日本各地から代表選手が生まれている。
逆の道を辿ったのが、バレーボールだ。
現在でこそVリーグ誕生によって、新たな代表選手が発掘されているが、それまでは代表が強くなれば勝手に裾野が広がると思い込み、若い選手の発掘に力を入れてこなかった。
裾野を広げて若手の発掘を提言していた、スポーツ評論家の"二宮清純氏"は、当時のバレーボール協会の頑なさを見て呆れていたそうである。
リュウヤを先頭にして案内された広間には、種族を問わず多くの若者たちがいる。
「本来なら、このまま歓迎式典としたいところなのだが、明日は明日で、セルヴィ王国からの使節団が来ることになっている。
皆も長旅で疲れているようだから、式典は明日とさせていただきたい。」
リュウヤの言葉に、否とは言えない。
「承知致しました。」
そう返答すると、式典の代わりに催された懇談会が始まる。