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龍帝記  作者: 久万聖
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オスト王国の使節団

リュウヤが図書館の視察を行った3日後。


フィラハ砦とニシュ村の中間点の、簡易に設置された関所を通過する一団。


オスト王国から龍王国(シヴァ)へと向かう使節団である。


使節団団長はエーリッヒ・イザーク伯。


目的は、事実上の人質となる第1王女クリスティーネと第4王女エレオノーラ、第4王子マクシミリアンを送り届けることと、今後の両国関係の構築のための会談がである。


その中の、ひときわ華美な意匠を凝らした馬車の中に、使節団団長イザーク伯と、3人の王子王女は乗車している。


「龍王国とは、どのような国なのかしら?」


クリスティーネの言葉に、


「彼の国に往来したことのある商人によれば、非常に活気のある国とのことでございます。」


オスト王国の主要人物で赴いたことのある者はおらず、どうしても商人らからの伝聞になってしまう。


そういえば、イストール王国のデュラス男爵が語っていたことを思い出す。


「そして、彼の国では人種も種族も関係なく、リュウヤ国王の下で平等なのだそうです。」


そう、交渉の時もドワーフやエルフ、リョースアールヴがいた。


「ただ、新興国であるがゆえに、文化的なものがとても少ない、そう愚痴っておりましたな。」


クリスティーネは小首を傾げ、


「その愚痴は、どなたが口にされたのですか?」


「リュウヤ国王その人でございます。」


その答えに、クリスティーネはクスクスと笑う。


「国王ともあろう方が、他国の者にそのような愚痴をこぼされるなんて。

よほど正直な方なのですね。」


その朗らかな笑いに、イザーク伯もつられてしまう。


「はい。平時であれば、とても優しいお方でしょう。

ですが、敵対はもちろん、仕事となればとても厳しいと思われます。」


交渉直前の廊下までは、とても気さくで穏やかな人物だった。

だが、交渉が始まるやいなや、とんでもないほどの重圧(プレッシャー)を浴びせてきたのだ。

あの重圧は、いま思い出しても身震いしてしまう。


クリスティーネは窓を開けて外の様子を見る。


進行方向、広大な平原の先に森がわずかながら視界に入ってくる。


陽はまだ高く、時間に余裕があるようだ。


「イザーク伯、少し馬車から降りてもいいかしら?」


イザーク伯は行動によってその答えを示す。


御者に声をかけて停車するように命じるとともに、護衛として馬車のを取り囲むように進んでいる騎士に停車する旨を伝える。


騎士は手旗信号により、後続に停止するように伝える。


使節団全員が停止すると、クリスティーネは馬車から降りて、目的地である北方を見る。


夏の日差しが、彼女の長い赤みがかった金髪に降り注ぐ。


「あの辺りは、何もない荒野だったと聞き及んでいましたが・・・」


「はい。一年ほど前までは、草も生えていないような荒野だったと、(わたくし)も聞き及んでおりました。

ですが、始源の龍の復活とともに森が(よみがえ)ったとか。」


「その始源の龍を復活させたのが、リュウヤ国王なのでしたね。」


イザーク伯は頷く。


「クリス姉様(ねえさま)。あの森が、私たちがこれから行くところなのですか?」


第4王女エレオノーラが、クリスティーネの元へ小走りで駆け寄ると、不安そうに口にする。


イザーク伯はエレオノーラの様子を見て、仕方ないだろうと思う。


彼女はまだ10歳。

今まで、王宮から出たこともなかったのに、新興国である龍王国に人質として行くことになったのだ。

不安にならない方がおかしい。

いや、それを言うならばクリスティーネもまだ17歳。

大きな不安を抱いていてもおかしくはない。

それを見せないのは、まだ幼い弟妹(ていまい)がいるからだろう。


「姉上。」


オスト王国第4王子マクシミリアン。

王太子であるジギスムント、クリスティーネとは腹違いである。

年齢はエレオノーラと同じ10歳だが、産まれはひと月ほどマクシミリアンの方が早い。


「姉上は、怖くはないのですか?」


龍王国はただの新興国ではない。

始源の龍を復活させたという男、リュウヤが治める強大な武力を持った国であり、多種族が住む国だという。


人間族としか接したことのないマクシミリアンには、それがとても恐ろしいものに感じられてしまう。


「ええ、怖いわ。」


マクシミリアンは驚く。

少なくとも彼には、姉が怖がっているようには見えなかったのだから。


「でもね、マクシミリアン。

怖いのと同時に、とても楽しみなのよ。

多くの種族がいて、それを纏めることができる存在。

そんな方に会えるって、とても楽しみでしょう?」


その言葉に、マクシミリアンとエレオノーラ、イザーク伯は驚きを隠せない。


だが、言われてみればそうかもしれない。

多種族をまとめ上げられるだけの能力を持った存在。

楽しみといえば、楽しみではあるだろう。


「ふたりとも、そろそろ馬車に乗りますよ。」


クリスティーネに促され、3人は馬車に乗る。


走り出す馬車の中で、クリスティーネは弟妹を見ながら呟く。


「ふたりの手前、ああは言ってはみたけれど、やっぱり怖いわね。」


絶大なる力を持つという存在、それが怖くないはずはない。

(おもて)に見せぬその心情を、この場にいる者たちは理解出来ないだろうことを、クリスティーネも知っていた。











2時間ほど進むと、前方より1千名ほどの騎兵集団が現れる。


一瞬、(ぞく)かと緊張が走るが、その一団の持つ旗を見てすぐに緊張は解かれる。


「あの旗は、龍王国のものです。」


龍を意匠化した刺繍がなされた旗。


騎兵集団1千名は、オスト王国使節団の先頭まで100メートルあまりのところで停止する。

そして、騎兵3騎が近づいてくる。


「我が名はスティール!

リュウヤ陛下より、オスト王国の使節団をお迎えせよとの命を受け参った。

これより先の道中、我らがお守りいたします。」


スティールの名を聞き、イザーク伯は馬車から降りて迎える。


「リュウヤ陛下の気遣い、感謝いたします。」


そうスティールに伝え、遅れて馬車から降りてきたクリスティーネに紹介する。


「リュウヤ陛下の側近のスティール殿でございます。」


「ありがとうございます、スティール殿。

私はクリスティーネ。今後、長いお付き合いとなるかと思いますが、よろしくお願いいたします。」


王女らしく優雅な挨拶をするクリスティーネに、スティールは馬から降りようとするが、


「いえ、任務中なのですから、馬上のままでかまいません。」


と止められる。


「王族の方の前、馬上にて失礼致します。

これより先の道中、我らが守護すること、ご容赦ください。」


初めて見るデックアールヴの端整な顔立ちに、少し見惚れてしまう。


「あと、このふたりを連絡役として残しますので、何かあれば遠慮なく使ってください。」


スティールの後ろにいたふたりが前に出る。

ふたりとも人間族のようである。

これは、他種族では物事を頼み辛いかもしれないという配慮からだろう。


「ご配慮、ありがとうございます。」


「それでは、私は隊の指揮に戻ります。」


一礼すると、スティールは馬首をめぐらして戻っていく。


迎えが来たということは、(じき)に到着するということなのだろう。


心踊るとまではいかないが、それでも知らない土地に来たというのは、多少の興奮を呼ぶものだ。


やがて、森の手前にある村が見えてくる。


「まもなくニシュ村に着きます。」


この地を巡って、オスト王国と龍王国が争ったことは知っている。


ニシュ村に入ると、騎兵集団は一部を残して別の場所に向かう。


案内役のふたりに話を聞くと、ピリンという名の村に騎兵は収容されるのだという。


そして、案内役の説明で、ラスタ村に入ってから王宮へと向かうことが伝えられる。


ラスタ村から、森の中へと入っていき、しばらくすると突如として大きな岩山が見えてくる。


岩山の手前の広場で停車、下車する。


イザーク伯を先頭にして岩山の入り口に向かうと、中から人が出てくる。


背の高い、人間族のような男性を中心にして歩いてくる。


その隣には頭に龍の角を持った、とても美しい女性がいる。

おそらくその女性は龍人族なのだろう。


さらに少し遅れてついてきているのは、リョースアールヴと思われる女性に、エルフの少女。

ドヴェルグにドワーフもいる。

噂通りの多種族国家のようだ。


それらを従える先頭にいる男性。

それが誰かをイザーク伯の言葉で知ることになる。


「リュウヤ陛下!

陛下御自ら出迎えとは、恐縮の極み。」


これが、オスト王国第1王女クリスティーネが龍王国に踏み入れた、第一歩だった。

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