表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍帝記  作者: 久万聖
260/463

毒饅頭

密かにリュウヤ側が最後と位置付けた、バーレとの会談が行われる。


龍王国(シヴァ)側からの出席者は、リュウヤ以下、サクヤ、アデライード、アリフレート。秘書官であるミーティアは、リュウヤの後方に位置する席にいる。


バーレ側は、バーレ以下、コフ司教ら6人が会談に臨んでいる。


当初は非常に和やかな雰囲気で進んでいたのだが、アリフレートの発言で、その雰囲気は消し飛ぶことになる。


「和解案の締結の前に、私の方からもうひとつ、条件をつけさせていただきたいと、そう考えています。」


アリフレートの前振りに、バーレらは"若造は黙っていろ"とでも言うように、露骨に嫌な顔を見せる。


「聖女ユーリャの家族の殺害を命じた者を、引き渡していただきたい。」


静かな口調での発言だが、その内容はバーレらに恐慌をもたらすには十分なものだった。


「そのようなことがあったのか?

ならば、その要求は当然のものだな。」


まるで初めて聞いたかのような物言いを、リュウヤはしている。


ロマリア村の神殿で、アリフレートからユーリャの庇護を求められた時、リュウヤはすでに聞かされている。


そして、この前日にも、アリフレートがユーリャにこの事実を伝えた時も、同席していた。


当初、アリフレートはこの事を話すことを躊躇(ためら)っていたのだが、リュウヤから話すようにと強く言われ、リュウヤ同席ならと話したのだ。


ユーリャが成長して、自分の家族の死に疑問を抱いて、調べた時にどうするのか?


大地母神(イシス)神殿総本山が、このことを暴露した時、他人の口から聞かされるのと、アリフレートの口から先に聞かされるのとでは、ユーリャが受ける衝撃は天と地ほどの差がある。


リュウヤからそこまで言われて、ようやく重い腰を上げて、ユーリャに話したのである。


しばらく茫然と聞いていたユーリャだが、


「そうだったんだ。」


そう口にしただけだった。


その時の、あまりにも(はかな)げな表情を、アリフレートは一生忘れないだろうと思う。


「しょ、証拠はある・・・、のでしょう・・・な?」


途切れ途切れの言葉は、バーレの受けた衝撃の大きさを物語る。


「はい。証拠はこちらに。」


アリフレートの言葉が終わると、扉が開いて証拠品を持った者たちと、エルフの男性がひとりついて入室する。


アリフレートがそれぞれの品を説明し、その者達が所持していた身分証の提示をする。


「アジズ、メデトカン、ローザの名がありますが、派遣してきた神殿に確認したところ、そのような者は存在していない、そう返答がありました。」


その身分証を手にとって見るが、まさに大地母神神殿が発行する身分証だ。


コフ司教が何やら呪文らしいものを唱えている。

その様子を見ていたリュウヤが、アリフレートに説明を求める。

すると、偽造を防ぐために施された魔力付与があり、それを発動させるための呪文だという。


「これは偽造されたものではありません。本物です。」


断言するコフ司教。


「ですが、その身分証に記されている神殿には、その3人は所属していないとのことです。」


そうなると、偽装身分として持っていたことになる。


本物の身分証を発行できるとなれば、それは、


「神殿の中の者、それもかなり高い職責にある者だろうな。」


ということになる。


バーレたちは、どう対処してよいのかわからず沈黙する。


「ヨウシア、毒物の特定はできたのか?」


バーレたちを尻目に、リュウヤはエルフの男性に下問する。


「はい。アリフレート殿の持ち込まれました薬研(やげん)及び、犯人物である衣服を調べたところ、カリル草を中心にして、複数の毒草、毒キノコを混ぜたものです。

残念ながら、その比率まではわかりかねます。」


薬研とは、薬草などをすり潰すための道具であり、焼き鳥でいうヤゲンは、この薬研に似た形をしていることからそう呼ばれる。


その薬研に残された粉末と、犯人とされる者たちの衣服についていた粉末を調べた結果、そこまでのことがわかったのだという。


極微量の粉末から、毒物をほぼ特定したことは、賞賛に値することだろう。


バーレたちは沈黙を続けている。

というよりも、もはや言葉を発するだけの気力が無い、そんな風に見て取れる。


自分たちの身を守るためには、この3人を送り込んだ者を特定し、捕らえなければならない。

だが、すでに退位して()教皇となっており、その権限をバーレは持っていない。

いや、持っていたとしても、弱小派閥出身の自分にはそれを行使することはできないだろう。

正確には、行使しようとしても潰される。


バーレたちは絶望に包まれている。


「それで、お前たちはどうしたいのだ?」


リュウヤは問いかける。


だが、バーレらは何も答えることができない。


「お前たちでは、何もできないというのならば、我らが動かざるを得まい。」


その言葉に、


「そ、それは・・・、大地母神神殿総本山を・・・」


「完全に叩き潰す、ことになるかもしれんな。」


「そ、それでは・・・」


自分たちが来た意味がなくなってしまう、そう言いかけるが、最後まで言うことができなかった。


「ならば、お前たちになにができるのだ?」


リュウヤが畳み掛ける。


再び沈黙するバーレたち。


「お前たちは、大地母神神殿総本山を守りたい。そして可能ならば、自分たちも助かりたい、そういうわけだな。」


沈黙するバーレたち。

こういう時の沈黙は、肯定と同義である。


「ならば、方法はある。」


一斉にリュウヤの顔を見る。


「お前たちが、ユーリャの下に就けば良い。」


"おおっ"と声があがる。

元々、ユーリャの下に就くことには抵抗がない。しかも、"総本山の破滅を救うため"という大義名分もある。


「ただし、ひとつだけ条件がある。」


「そ、それは、どのようなものでしょうか?」


「簡単なことだ。

聖女ユーリャの家族の殺害を命じた者が、総本山にいると公表することだ。

元教皇バーレの名で、な。」


実のところ、ユーリャの家族殺害の件で援助を引っ張ろうと考えていたのだが、それはアデライードに止められた。


その件で援助を引き出した場合、家族の死を金に変えたと言われかねず、それはユーリャの聖女としての価値を低下させる恐れがある。また、家族の殺害という大地母神神殿総本山への有力なカードを、自ら捨てることになる。

資金に関してならば、元教皇バーレが下についたとなれば、その効果(ネームバリュー)によって寄付金が集まるだろう。


それがアデライードの意見であり、リュウヤはその意見を採用したのだ。


バーレは沈黙するが、表情は先ほどまでとは違って希望を抱いているのが見て取れる。


利益(メリット)不利益(デメリット)を秤にかけ、頭の中で忙しく計算しているのだろう。


だが、その計算は程なく終わる。


精一杯、重々しい口調で了承の意を伝える。


「わかりました。

総本山を守るには、致し方ありません。

聖女様の下で、精一杯努めさせていただきます。」


リュウヤはアデライードに視線を向けると、


「では、細かなことはアデライードに任せる。」


「了承致しました、陛下。」


アデライードは一礼して、下命を受け取る。


「バーレ殿、総本山に連絡しなくても良いのかな?

大枠で合意したと。」


バーレらに向き直ってリュウヤが言うと、


「は、はい。

では、早速、その手配を致します。」


バーレはコフ司教に命じて、総本山への伝令を準備させる。


そして、ここから先の交渉はアデライードに任せ、リュウヤとサクヤは退室する。










ふたりはバルコニーのテーブルに着き、お茶を飲んでいる。


「上手くいったのでしょうか?」


サクヤの問い。

"巫女"とは呼ばれるものの、サクヤは宗教的な存在ではない。

それ故に、今回のことの意味というものがイマイチわかりかねている。


「あとは、アデライード次第だが、十分に上手くいっている。」


今回のことで、大地母神神殿総本山の権威は大きく低下するだろう。

特に、ユーリャの家族の殺害した者がいることを公表されれば、一層の低下を招くだろう。

しかも、それを公表するのが元教皇バーレとなれば、尚更である。


バーレ本人に自覚はないだろうが、彼の行動は大地母神神殿に巨大なダメージを与える。しかも内部に。


自民党幹事長などを歴任した"野中広務"風に言えば、「毒饅頭を食べた(注」ことになる。しかも、猛毒の。


「大地母神神殿は、これでこちらに力を向ける余裕はなくなるだろう。

しかも、長期に渡ってね。」


ここでリュウヤは夢魔族の侍女ふたりを呼ぶ。


「交渉が成立したことを、アルカルイク同盟中に流せ。

それぞれの国に、別々の内容でな。」


「「了解致しました。」」


ドルシッラとメッサリーナ、ふたりは同時に返事をすると、すぐに行動に移る。


これで、総本山は足元が大きく揺らぐことになり、アルカルイク同盟そのものも、大きな危機を迎えることになるだろう。


それは、アルカルイク同盟周辺諸国にも、大きなうねりをもたらすことになるかもしれない。


そうなれば、それだけこちらに目を向ける国が少なくなることになる。


ここまで考えると、思わず苦笑する。


「どういたしました、リュウヤ様。」


「いや、外交やらなんやらと考えていると、随分と悪どいことを思いつくものだも思っただけだよ。」


その言葉にサクヤはクスッと笑う。


「それだけ、この地に住まう者たちのことを考えていらっしゃる、そういうことでしょう。」


とても良い方に解釈してくれているようだ。


「それでは、俺たちも仕事に戻るとしよう。」


ふたりは立ち上がり、それぞれの仕事場へと向かった。

注: 2003年、所属していた橋本派が、小泉純一郎に切り崩された時の発言。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ