毒饅頭
密かにリュウヤ側が最後と位置付けた、バーレとの会談が行われる。
龍王国側からの出席者は、リュウヤ以下、サクヤ、アデライード、アリフレート。秘書官であるミーティアは、リュウヤの後方に位置する席にいる。
バーレ側は、バーレ以下、コフ司教ら6人が会談に臨んでいる。
当初は非常に和やかな雰囲気で進んでいたのだが、アリフレートの発言で、その雰囲気は消し飛ぶことになる。
「和解案の締結の前に、私の方からもうひとつ、条件をつけさせていただきたいと、そう考えています。」
アリフレートの前振りに、バーレらは"若造は黙っていろ"とでも言うように、露骨に嫌な顔を見せる。
「聖女ユーリャの家族の殺害を命じた者を、引き渡していただきたい。」
静かな口調での発言だが、その内容はバーレらに恐慌をもたらすには十分なものだった。
「そのようなことがあったのか?
ならば、その要求は当然のものだな。」
まるで初めて聞いたかのような物言いを、リュウヤはしている。
ロマリア村の神殿で、アリフレートからユーリャの庇護を求められた時、リュウヤはすでに聞かされている。
そして、この前日にも、アリフレートがユーリャにこの事実を伝えた時も、同席していた。
当初、アリフレートはこの事を話すことを躊躇っていたのだが、リュウヤから話すようにと強く言われ、リュウヤ同席ならと話したのだ。
ユーリャが成長して、自分の家族の死に疑問を抱いて、調べた時にどうするのか?
大地母神神殿総本山が、このことを暴露した時、他人の口から聞かされるのと、アリフレートの口から先に聞かされるのとでは、ユーリャが受ける衝撃は天と地ほどの差がある。
リュウヤからそこまで言われて、ようやく重い腰を上げて、ユーリャに話したのである。
しばらく茫然と聞いていたユーリャだが、
「そうだったんだ。」
そう口にしただけだった。
その時の、あまりにも儚げな表情を、アリフレートは一生忘れないだろうと思う。
「しょ、証拠はある・・・、のでしょう・・・な?」
途切れ途切れの言葉は、バーレの受けた衝撃の大きさを物語る。
「はい。証拠はこちらに。」
アリフレートの言葉が終わると、扉が開いて証拠品を持った者たちと、エルフの男性がひとりついて入室する。
アリフレートがそれぞれの品を説明し、その者達が所持していた身分証の提示をする。
「アジズ、メデトカン、ローザの名がありますが、派遣してきた神殿に確認したところ、そのような者は存在していない、そう返答がありました。」
その身分証を手にとって見るが、まさに大地母神神殿が発行する身分証だ。
コフ司教が何やら呪文らしいものを唱えている。
その様子を見ていたリュウヤが、アリフレートに説明を求める。
すると、偽造を防ぐために施された魔力付与があり、それを発動させるための呪文だという。
「これは偽造されたものではありません。本物です。」
断言するコフ司教。
「ですが、その身分証に記されている神殿には、その3人は所属していないとのことです。」
そうなると、偽装身分として持っていたことになる。
本物の身分証を発行できるとなれば、それは、
「神殿の中の者、それもかなり高い職責にある者だろうな。」
ということになる。
バーレたちは、どう対処してよいのかわからず沈黙する。
「ヨウシア、毒物の特定はできたのか?」
バーレたちを尻目に、リュウヤはエルフの男性に下問する。
「はい。アリフレート殿の持ち込まれました薬研及び、犯人物である衣服を調べたところ、カリル草を中心にして、複数の毒草、毒キノコを混ぜたものです。
残念ながら、その比率まではわかりかねます。」
薬研とは、薬草などをすり潰すための道具であり、焼き鳥でいうヤゲンは、この薬研に似た形をしていることからそう呼ばれる。
その薬研に残された粉末と、犯人とされる者たちの衣服についていた粉末を調べた結果、そこまでのことがわかったのだという。
極微量の粉末から、毒物をほぼ特定したことは、賞賛に値することだろう。
バーレたちは沈黙を続けている。
というよりも、もはや言葉を発するだけの気力が無い、そんな風に見て取れる。
自分たちの身を守るためには、この3人を送り込んだ者を特定し、捕らえなければならない。
だが、すでに退位して元教皇となっており、その権限をバーレは持っていない。
いや、持っていたとしても、弱小派閥出身の自分にはそれを行使することはできないだろう。
正確には、行使しようとしても潰される。
バーレたちは絶望に包まれている。
「それで、お前たちはどうしたいのだ?」
リュウヤは問いかける。
だが、バーレらは何も答えることができない。
「お前たちでは、何もできないというのならば、我らが動かざるを得まい。」
その言葉に、
「そ、それは・・・、大地母神神殿総本山を・・・」
「完全に叩き潰す、ことになるかもしれんな。」
「そ、それでは・・・」
自分たちが来た意味がなくなってしまう、そう言いかけるが、最後まで言うことができなかった。
「ならば、お前たちになにができるのだ?」
リュウヤが畳み掛ける。
再び沈黙するバーレたち。
「お前たちは、大地母神神殿総本山を守りたい。そして可能ならば、自分たちも助かりたい、そういうわけだな。」
沈黙するバーレたち。
こういう時の沈黙は、肯定と同義である。
「ならば、方法はある。」
一斉にリュウヤの顔を見る。
「お前たちが、ユーリャの下に就けば良い。」
"おおっ"と声があがる。
元々、ユーリャの下に就くことには抵抗がない。しかも、"総本山の破滅を救うため"という大義名分もある。
「ただし、ひとつだけ条件がある。」
「そ、それは、どのようなものでしょうか?」
「簡単なことだ。
聖女ユーリャの家族の殺害を命じた者が、総本山にいると公表することだ。
元教皇バーレの名で、な。」
実のところ、ユーリャの家族殺害の件で援助を引っ張ろうと考えていたのだが、それはアデライードに止められた。
その件で援助を引き出した場合、家族の死を金に変えたと言われかねず、それはユーリャの聖女としての価値を低下させる恐れがある。また、家族の殺害という大地母神神殿総本山への有力なカードを、自ら捨てることになる。
資金に関してならば、元教皇バーレが下についたとなれば、その効果によって寄付金が集まるだろう。
それがアデライードの意見であり、リュウヤはその意見を採用したのだ。
バーレは沈黙するが、表情は先ほどまでとは違って希望を抱いているのが見て取れる。
利益と不利益を秤にかけ、頭の中で忙しく計算しているのだろう。
だが、その計算は程なく終わる。
精一杯、重々しい口調で了承の意を伝える。
「わかりました。
総本山を守るには、致し方ありません。
聖女様の下で、精一杯努めさせていただきます。」
リュウヤはアデライードに視線を向けると、
「では、細かなことはアデライードに任せる。」
「了承致しました、陛下。」
アデライードは一礼して、下命を受け取る。
「バーレ殿、総本山に連絡しなくても良いのかな?
大枠で合意したと。」
バーレらに向き直ってリュウヤが言うと、
「は、はい。
では、早速、その手配を致します。」
バーレはコフ司教に命じて、総本山への伝令を準備させる。
そして、ここから先の交渉はアデライードに任せ、リュウヤとサクヤは退室する。
ふたりはバルコニーのテーブルに着き、お茶を飲んでいる。
「上手くいったのでしょうか?」
サクヤの問い。
"巫女"とは呼ばれるものの、サクヤは宗教的な存在ではない。
それ故に、今回のことの意味というものがイマイチわかりかねている。
「あとは、アデライード次第だが、十分に上手くいっている。」
今回のことで、大地母神神殿総本山の権威は大きく低下するだろう。
特に、ユーリャの家族の殺害した者がいることを公表されれば、一層の低下を招くだろう。
しかも、それを公表するのが元教皇バーレとなれば、尚更である。
バーレ本人に自覚はないだろうが、彼の行動は大地母神神殿に巨大なダメージを与える。しかも内部に。
自民党幹事長などを歴任した"野中広務"風に言えば、「毒饅頭を食べた(注」ことになる。しかも、猛毒の。
「大地母神神殿は、これでこちらに力を向ける余裕はなくなるだろう。
しかも、長期に渡ってね。」
ここでリュウヤは夢魔族の侍女ふたりを呼ぶ。
「交渉が成立したことを、アルカルイク同盟中に流せ。
それぞれの国に、別々の内容でな。」
「「了解致しました。」」
ドルシッラとメッサリーナ、ふたりは同時に返事をすると、すぐに行動に移る。
これで、総本山は足元が大きく揺らぐことになり、アルカルイク同盟そのものも、大きな危機を迎えることになるだろう。
それは、アルカルイク同盟周辺諸国にも、大きなうねりをもたらすことになるかもしれない。
そうなれば、それだけこちらに目を向ける国が少なくなることになる。
ここまで考えると、思わず苦笑する。
「どういたしました、リュウヤ様。」
「いや、外交やらなんやらと考えていると、随分と悪どいことを思いつくものだも思っただけだよ。」
その言葉にサクヤはクスッと笑う。
「それだけ、この地に住まう者たちのことを考えていらっしゃる、そういうことでしょう。」
とても良い方に解釈してくれているようだ。
「それでは、俺たちも仕事に戻るとしよう。」
ふたりは立ち上がり、それぞれの仕事場へと向かった。
注: 2003年、所属していた橋本派が、小泉純一郎に切り崩された時の発言。