奇跡
翌朝、フィリップ、ウリエの両王子とともに朝食兼会談を済ませる。
内容は、イストール王国の内部を固めたあと、イストール側から使節団を派遣。その時に友好関係を結ぶための条件を詰め、調印をする。また、イストール王国の新王即位式には、龍人族からの参列を求める。
新王即位が先になるか、使節団の派遣が先になるか。
それは流動的ではあるが、方向性は固まった。
あとは龍人族のところに戻るだけだ。
王宮の外に出ると、シヴァとふたりの龍人族が待っており、ジゼルも来ていた。
シヴァの傍らにはかなりの量の食料がある。手土産というやつだろう。
リュウヤたちがシヴァの背に乗ると、シヴァはゆっくりと飛翔を開始する。
その姿をふたりの王子とジゼルが見送っていた。
龍人族の住む岩山が見えてくると、眼下にはデュラスに率いられてイストール王国へと戻る者たちが見える。一日で立て直すとは、デュラスの手腕は見事なものだろう。
龍人族とドヴェルグたちが待つ場所に、ゆっくりとシヴァは降りていく。その背からリュウヤたちが降りると、大歓声に包まれる。
「お疲れ様でした、リュウヤ様。」
巫女姫が先頭に立ち、出迎える。
「ただいま戻りました、巫女姫さま。」
リュウヤより先に帰還の報告をするふたり。
普段、常に側に仕えていたのだからそれも当然か。
「おう、戻ってきたな。」
ギイが声をかけてくる。
「イストールから食料と酒を持ってきたよ。」
「酒!!」
食料よりも酒という言葉に反応する。
「今夜は戦勝祝いもこめて、たっぷり飲むぞ!!」
ギイの言葉が引き金になり、なし崩しに宴会が始まる。
まだ日が高いのにとリュウヤは思うが、それは野暮な言葉だろう、今は。
始源の龍の復活と、それに続く戦闘の勝利。
酒を飲む理由には十分だろう。
なし崩しに始まる宴の波に、皆が飲み込まれていった。
皆が眠りについた頃、リュウヤは大扉の前にいた。
月明かりの中、かつては緑の大地だったという荒涼としたこの地を見下ろす。
"何をするつもりだ、リュウヤ"
小型化したシヴァがリュウヤの目の前に現れる。
「魔法ってのは、基本的にイメージを強く描くことで発動するんだよな?」
シヴァの問いに直接は答えず、確認する。
"うむ、イメージを強く描くことができれば、それこそ奇跡と呼ばれるほどの魔法を使うことができる"
無論、その者が持つ魔力量にもよるが。
その言葉を聞き、リュウヤは目を閉じる。
意識を集中させ、
イメージを強く描く。
豊かな森を。
豊富な水を。
豊かな生命を。
鳥の囀り。
虫の鳴き声。
巨大な木々。
美しく清かな水の流れとせせらぎの音。
シヴァはリュウヤの身体から立ち昇る、異常な魔力を感じとる。
"やめろ、リュウヤ!!"
シヴァの念話も、リュウヤに届かない。恐ろしいまでの集中力。
やがて雨が降りだす。雨は徐々に強く、激しくなっていく。激しい雨が、岩山の洞窟に入らぬよう、同時に魔法による障壁を作り上げる。
"天気を操るとは・・・"
シヴァですら驚くほどの大魔法なのだろう。それほどの大魔法なら、当然のように代償をともなう。ましてや、魔力を扱うことを覚え始めたばかりの素人ならば尚更だ。リュウヤはその場に倒れこむ。
そのリュウヤの身体が濡れないように、元の大きさに戻ったシヴァが覆いかぶさっていた。
この日より、この世界は激しく動きだすことになる。