会談とリュウヤの悩み
リュウヤは目の前の元教皇バーレへの評価を改める。
集めていた情報や、アリフレートの証言から平凡な人物と評価していたのだ。
それがあの状態を切り抜けるとは。
興味深くバーレを見る。
一方のバーレは、第一の危機を乗り越えてホッとしている。
その様子を見ていたリュウヤは、この男の特異な能力に思い当たる。
それは、徹底した自己保身の能力だ。
よりマシな言い方をするなら、自己防衛能力に特化した存在なのだ。
そして、だからこそ教皇などという最高位に就くことができたのだ。
他者を攻撃する能力ではなく、徹底した自己保身の能力のために、敵をほとんど作ることなくいたのだろう。
そして、他者からは無害な存在であると看做された。
今回もそうだ。
自己の生命を守ることを最優先にしたからこそ、教皇位をあっさりと譲ることができた。
その時にどのように発言したのかは、正確にはわからないまでも、大凡の想像はつく。
「責任を取って辞めるが、未来のために和解の条件をまとめる」とでも言っていたに違いない。
それは、確かに筋が通っているように見える。
問題になるのはどのようにまとめるか、だ。
自分が傷つかなければ良いのだから、多少の無理難題は聞くということだ。
残された者のことなど御構い無しに。
そのためには、文字通りの「飴と鞭」の与え方次第だ。
そこで少し方針を変える。
本来なら、ここで一気に纏めるつもりだったのだが、少し時間をかけることにする。
そうすることで大地母神神殿だけでなく、他の神を信仰する神殿へ牽制するための駒とする。
「この場で色々と決めたいと思っていたのだが、バーレ殿はお疲れのようだ。
日を置いて、細かな話をしよう。」
リュウヤの言葉に、バーレはあからさまにホッとした表情を見せる。
強く圧迫しすぎたようだが、その方が効果的だろう。
「アスラン、バーレ殿は退出されるそうだ。
付き添ってさしあげよ。」
アスランは一礼すると、バーレたちとともに退出する。
それを見届けると、
「さて、新教皇誕生までどれほどの時間がかかるか、それも見定める必要がありそうだ。」
そう呟く。
飴と鞭を与え、こちらの意に沿うような行動を取らせるために必要な時間。
それは長ければ長いほどいいのだが、だからと言っていつまでも時間があると考えてはならない。
こちらの都合に合わせて動いてはくれないのだ。
大地母神神殿に工作を仕掛けるにしても、時間も人材も足りない。
「アルテア、メッサリーナを呼んでくれないか。」
少しして現れたのは、リュウヤ付きの侍女となったばかりの夢魔族の女性である。
短めに切り揃えられたブルネットの髪を持ち、全体に艶やかな雰囲気を纏っている。
そして、夢魔族らしくとでも言えばよいのだろうか、男を誘う色香に満ちている。
「ライラに伝えてくれ。大地母神神殿の内情を探れ。
内容は、教皇選出の状況のみで良いと。」
「わかりました。」
艶やかな笑みを浮かべ、メッサリーナは退出した。
メッサリーナが退出して、リュウヤはアルテアに茶を頼む。
「部下ができた感想はどうだ?」
新しくリュウヤ付きとなった者たちは、少なくとも名目上はアルテアの部下になる。
今までは、唯一のリュウヤ付きの侍女だったのが一気に7人の部下を持つことになったアルテアは、正直に感想を口にする。
「私みたいな年少者に、いっぺんに7人もつけるなんてイジメです!」
そう言いたくなる気持ちもわかる。
15歳の少女に、いきなり部下を与えるというのは過剰な責任といえる行為であるのは間違いないのだから。
「先の戦いの後、トモエたちをうまく使っていたではないか。」
許可なく龍化した罰として、トモエたちは侍女としてアルテアの部下となっている。
「あれは一時的なものでしたし、罰という側面があったからできたんです。」
確かにその通りである。
「だが、うまく使えたというのは、それだけの才幹あればこそだ。」
こちらもまた、その通りだったりする。
その能力がなければ、一時的なものであったとしても部下として使うことなどできない。
「お前は今まで通りにしていればいい。
お前の仕事ぶりを見て、他の者は学んでいくのだからな。」
侍女としての経験は、新しく付いた者たちの方があるだろう。
だが、リュウヤ付きとしての経験はアルテアの方が長いのだ。
「何かあるときは、俺かアスランに言えばいい。
遠慮などせずにな。」
「はい、わかりました。」
アルテアはそう返事をする。
アルテアは理解はできているだろうが、納得はしていないだろう。
リュウヤとて、本音を言えばアルテアを外してやりたいのだ。
最年少者でありながら、多数の部下を持つとなればどうしても嫉妬を招いてしまう。
とはいえ、種族バランスを取らないとリュウヤの目指す多種族共存が成り立たなくなる恐れがあるのだ。
実際、今回の3種族だけでなく、エルフや両アールヴからもリュウヤ付きの侍女をいれるよう求められている。
これは、バランスというだけではなく、互いに牽制しあっているものでもあり、もし侍女のなかからお手付きの者が現れたりすると、今後の龍王国内の勢力バランスに影響を与えかねない。
そのため、アルテアは本人が望まないうちに人間族代表としてみられてしまっているのだ。
それを外すとなると、相当な反発が出てしまうことが予想される。
従える種族が増えれば増えるほど、悩みも増加してしまうリュウヤだった。