ハーディの使者
この日、リュウヤは謁見の間にいた。
普段、ほとんど使われない謁見の間だが、この日だけは違った。
リュウヤ自身は謁見の間である必要があるとは思わなかったのだが、周囲の者がそれを許さなかった。
それは、謁見に訪れた者たちのためである。
来訪者は3名。
ただ、問題はその種族にある。
リュウヤから見て右手にいるのが鬼人族。
左手には蝙蝠のような翼を持つ妖艶な夢魔族。
その両者より前に出て跪いているのが、吸血鬼族。
一般的には魔族と一絡げにされる者たちが、リュウヤの目の前にいる。
だからこそ龍人族を除く周囲の者たちが、狭い会見室や執務室での対面に反対したのだ。
その理由は、それぞれの戦闘能力の高さにある。
白兵戦において、鬼人族は文字通りの化け物じみた能力を持つ。
夢魔族はその魔力で周囲を幻惑する。
そして吸血鬼。
白兵戦においても、その魔力においても勝てる者はほとんどいない。
それこそ対抗できるのは龍人族くらいのもの。
魔族と呼ばれるその三者を、同時に相手取ることになればリュウヤといえど手に余る可能性がある、そう考えたからだった。
一方でリュウヤは、別のことを考えていた。
「なんで俺の前に現れるのは女性ばかりなのだ?」
誰が派遣してきたのか、リュウヤにはすでに察しがついていることもある。
また、リュウヤの肩には小型化しているシヴァの姿もあった。
"リュウヤ。"
"言わなくてもわかっている。"
"よほど気に入られたようだな。"
リュウヤとシヴァの念話でのやり取りである。
「謁見の機会を与えてくださりありがとうございます、リュウヤ陛下。」
3人を代表して、吸血鬼族の女性が口を開く。
「我が主、ハーディ様より陛下にお仕えするよう厳命され、この地にまかり越しました。」
ハーディとは誰だ?
この場に居並ぶ廷臣たちから声が漏れる。
「我が名はカルミラ。そして後ろにありますのが・・・」
カルミラの名を聞き、どよめきが起こる。
「吸血姫!?」
そのどよめきを聞き、リュウヤは後で逸話を聞くことを決める。
「我が名はモミジ。お見知り置きを。」
鬼人族の女性が名乗る。
「鬼姫モミジかっ!?」
うん、彼女にも多くの逸話がありそうだ。
「妾はライラ。お見知り置きを。」
夢魔族の女性は、艶然とした笑みを見せながら優雅な挨拶をする。
ライラに対してどよめきが起こらなかったところを見ると、彼女には人の口に登るような逸話はなさそうである。
もっとも、夢魔族という種族特性から出てこないだけかもしれない。
なにせ、あの冥神ハーディが寄越して来た者たちだ。
一筋縄でいくわけはないだろう。
現に、この3人はリュウヤに仕掛けて来ている。
鬼人モミジはその闘気をリュウヤにぶつけ、隙あらば一気に踏み込んで来るだろう。
夢魔ライラも、リュウヤを魅惑するべく魔力を発動させている。
それを周囲に気取られないようにしているのがカルミラだ。
巧妙に魔力を展開して見事に誤魔化している。
そのことに気づいているのは、龍人族を除けばフェミリンスとエストレイシア、ギイくらいだろう。
その3人も、迂闊に動けない。いや、ギイには動こうという気配はなさそうだから、ふたりというべきか。
龍人族も、当初は動こうとしたのだが、リュウヤに念話にて動かないように命令されている。
暫しの沈黙の後、カルミラは後ろにいるふたりに視線を送る。
モミジ、ライラともに首を振る。
「陛下、我が主より預かっております宝剣を御受け取りいただけますでしょうか?」
「ハーディ殿から?」
「はい。良き名を与えられた感謝の印、そううかがっております。」
「なるほど。断るのも非礼にあたるというものだな。有り難く受け取ろう。」
カルミラは立ち上がり、恭しく宝剣を捧げるように持ち、リュウヤの元に歩き出す。
リュウヤの元に辿り着いたとき、鬼姫モミジや夢魔ライラの力など児戯だと思うような闘気と魔力がリュウヤを襲う。
僅かでもたじろげば、即座にリュウヤの命を奪う、そんな力の奔流を受ける。
リュウヤは一切のたじろぎを見せることなく、宝剣を受け取る。
「ここで抜いてもよいか?」
「はい、陛下。」
その刀身は黒く、全ての光を吸い込むような錯覚をする。
いや、錯覚ではなく、本当に光を吸い込むのかもしれない。
「カルミラといったな。確認したいのだが、俺は合格なのか?」
宝剣を鞘に納めながら問いかける。
「はい。我が主、ハーディへの忠誠と変わらぬ忠誠を、リュウヤ陛下に捧げます。」
カルミラはそう宣言すると、リュウヤの靴に口づけをする。
「少しは隙ができるかと思っていたのですが・・・。
ハーディ様より聞いていた以上でした。」
そう言うとさらに、
「ハーディ様より伝言を預かっております。」
懐から鏡のような物を取り出し、投げる。
それは光を発すると、ひとりの女性の姿を宙に浮かび上がらせる。
「立体映像か。」
リュウヤが呟くと、漆黒の闇のような髪に病的に見える白い顔。
そして黒い服。
間違いなくハーディだ。
リュウヤやシヴァはともかく、ハーディを初めて見る者たちは驚きを隠せない。
このような立体映像を込めることができる魔法、それを込めた魔道具などそんじょそこらにあるものではなく、またそれを扱えるだけの魔力を持つ者など、そうそう居るものではない。
それだけの魔力を持つ者ならば、その名は必ず知れ渡るものなのだが、この映像の女性を誰も知らなかった。
「これを見ているということは、3人がお主のことを認めたということじゃな。」
映像のハーディは、送り込んだ3人が何をするのかわかっていたようである。
「まあ、妾が認めたのじゃから、当然のことではあるな。
お主は人材不足に悩まされておる、そう聞いたのでな。その3人とその部下を派遣したのじゃ。
しっかりとこき使ってやるがよい。
それから・・・」
映像のハーディはそこで一旦言葉を切る。
「3人を夜伽に使うてもかまわぬぞ。
これを見ているということは、その3人もかまわぬと思っていようからな。」
リュウヤが慌てたように3人を見ると、それぞれの表情でそれを肯定している。
「どうせ一緒に見ておるであろう龍の巫女よ。
その3人は正室を立てるということを理解しておるゆえ、安心するがよい。
妾も、時には遊びに行くゆえ、楽しみにしておくがよい。」
言うだけ言うと、映像が消える。
人材が増えるのはいいのだが、余計な厄介ごとも増加したような気がする。
「陛下、ハーディという方はいったい?」
ヴィティージェの問いかけは、この場にいる全ての者の共通する疑問だろう。
「忘れられし八柱目の古き神だ。」
そう答えるが、長命であるアールヴたちですらピンと来ないようだ。
"知っておる者は、この世界でもわずかしかおらぬ。
それほどまでに、アヤツは表に出て来なんだのじゃ。"
それが表に出て来た。
「俺の存在は、それほどまでに重いということか。」
念話でシヴァと話しているつもりだったのだが、口に出てしまっていた。
その声は小さく、聞いていたのはサクヤとカルミラのふたりだけだった。