夏の日の楽しみ
夏の日差しは高く、気温も高くなっている。
とはいえ、夏の名古屋の異常な蒸し暑さに比べれば、はるかに過ごしやすい。
この日リュウヤは湖で水遊び・・・・、もとい水練をしている。
部下たちの話を聞くと、意外にも泳げる者が少なかったこともある。
龍人族を除けば、一部の例外を除いてほとんどの者が泳げなかったのだ。
戦闘種族ともいえるデックアールヴたちですら、水泳の経験はほとんどないのだという。
水戦はどうしていたのかと聞くと、その経験自体がないのだとか。
また、蟲使いのナスチャにも確認したが、蟲使いの一族でも、殆どの者が泳げないという。
「水生昆虫を使う者はいないのか?」
そう尋ねると、
「いるにはいるが、そういう奴は自分が泳ぐ必要がないだろ。」
とのこと。
たしかに、本人が泳がなくても蟲が泳げるなら必要はないかもしれない。
「蜘蛛にも、水蜘蛛がいただろう?」
そう言うと、
「蜘蛛使いが使うサイズの蜘蛛が、水に浮かぶと思うかい?」
と返された。
想像してみたが、浮かぶことはまずないだろうと思われる。
ならば、ナスチャは泳ぐ訓練が必要だろうと、勝手に判断する。
獣人族もだいたいの者は泳げるようだが、唯一の例外が猫人族。
泳ぐ以前に、水に入ることそのものがダメなようである。
水練は、とても苦労しそうである。
では、人間族はどうかというと、この地域が内陸にあるためか、ほとんどの者が泳げない。
主だった者で泳げるのが、グィードくらい。
意外なところでは、アデライードが泳げるそうである。
アデライードの場合は、水の都とも称されるイストール王国王都ガロア出身だけあり、王都の名前の由来ともなった湖ガロアで泳いでいたそうである。
泳ぐ必要が無かった、もしくは感じられなかったために、このような状況になっているのだろう。
今でこそ、ほとんどの小中学校に当たり前のようにプールが設置されている日本だが、そうなる以前には悲惨な水難事故が繰り返されている。
代表的な事故が、1955年5月11日に起きた「紫雲丸事故」である。
この事故での犠牲者は168名に上り、うち児童生徒の犠牲者は100名を数えた。
なぜ児童生徒の犠牲者が多いかといえば、修学旅行に参加していた帰りだったからである(注1)
そしてもうひとつの事故。
女子生徒36名が犠牲になった、1955年7月28日に起きた「橋北中学校水難事件」。
これは諸説あるが、離岸流が主原因ではないかと推察されている。
これらの水難事故の後、それまでは海や川などで行われることが多かった水泳訓練が、安全性を求めてプールで行われるようになっていったのである。
龍王国でも、まずは水深の浅いプールを設置して、水に慣れるところから始めるべきだろうか?
そんなことを考えていると、
ザブンッ!!
「うわあっ!!」
大きな水音とともに、悲鳴にも似た絶叫が聞こえる。
そちらを見ると、トモエに突き落とされたナスチャの姿が。
「なにしやがる、トモエ!!」
すっかり濡れ鼠になってはいるが、その場の水深は膝ほどしかない。
「水に慣れさせてやろうという親切心がわからんか?」
しれっと言うトモエ。
そう言われて、ようやく自分のいる場所の水深の浅さを知る。
その様子を見て、クスクスと笑っているミーティアの手に、ナスチャは蜘蛛の糸を絡ませて引っ張る。
「えっ?きゃあ!!」
「ミーティアも泳げないんだから、水に慣れないとなぁ?」
湖に落ちるミーティアに、ナスチャは親切心からのことであると主張する。
「ナ、ナスチャ〜!」
ミーティアは水の精霊魔法を使い、水球をナスチャにぶつける。無論、手加減はしている。
「ほれ、お前も水に慣れてこい。」
悪ノリするトモエが、スティールを湖に叩き落とす。
「と、トモエ殿!!」
普段、澄ました顔をしているスティールが慌てる。
トモエは、次々と泳げない者たちを水に突き落としていく。
「楽しんでるよな、トモエは。」
リュウヤの感想に、
「ええ、間違いなく。侍女服を着させられた鬱憤を、ここで晴らしているのでしょうね。」
サクヤが同意している。
「アルテア。」
名を呼ばれたアルテアは、若干だが緊張した面持ちでいる。
自分も突き落とされると思っているのかもしれない。
「体を拭く布と、着替えを用意してやってくれ。」
その言葉に、ホッとした表情を見せて、指示されたことを行うために走る。
間違いなく、彼女も泳げないのだろう、そう見てとる。
最初こそ、おっかなびっくり水に入っていたが、少し経つとみんなはしゃいでいる。
そんな様子を見ながら、リュウヤはまだ水に入っていない者たちに命じて天幕をふたつ張らせる。
「まったく、はしゃぎすぎて服がはだけているのに気づいてないのか?」
ナスチャやミーティアの服がはだけて、胸がチラチラと見えてしまっている。
「それだけ、楽しんでいるのでしょう。」
サクヤはそう言いながら、リュウヤの顔を掴むと強引に自分の方に向ける。
サクヤの気持ちはわかるのだが、サクヤの背後の方がもっと酷い状況なんだよなぁ、とリュウヤはボヤキたくなる。
トモエをはじめとする龍人族の女性たちに、アデライード、エストレイシアらが、肌も露わにしている。
一緒に異性もいるというのに、そう思う。
まあ、江戸時代までの日本、中世のヨーロッパあたりもかなり、性にたいしておおらかだったというから、この世界もそうなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふたりを強い衝撃が襲い、一緒に湖に落ちる。
振り返ると、そこにはギイとアイニッキがいる。
「せっかくなのですから、おふたりも水遊びをしなさいな。」
とてもいい笑顔でアイニッキが言う。
「水練というのに、言い出した者が手本を見せないというのは、いかんよなあ。」
ギイは人の悪い笑顔を見せる。
その笑顔には、「お前は泳げるのか?」という問いかけがある。
なので、リュウヤはギイの目の前で泳いでみせる。
「ギイ。お前も泳がないか?」
「い、いや、ワシは遠慮しておく。」
そう言うギイが湖に落とされる。
落としたのはアイニッキだ。そして、アイニッキも湖に飛び込む。
「たまには、こうやって水遊びするのもいいわね。」
そう言うと、ギイにのしかかる。
結局、水練の予定は水遊びになっていた。
注1)、修学旅行関係者 108人 〔児童生徒100人(男子19、女子81) 引率教員5人 関係者(父母)3人〕