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龍帝記  作者: 久万聖
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威圧

大地母神(イシス)神殿総本山は、アルカルイク同盟ともと呼ばれる小国家群のほぼ中央にある。


アルカルイク同盟、20にも及ぶ小国家が大地母神神殿総本山を中心にまとまったものだ。


元々、少数民族がそれぞれに国を建てたものだ。

そのため、地域としてのまとまりがなく、周辺の大国に蹂躙されることが多かった。


その蹂躙から守るために小国家は纏まる必要があり、その接着剤ともいうべき存在が、彼らの中で浸透していた大地母神(イシス)への信仰だった。


豊穣なる実りをもたらす大地母神。

それは、この地で農耕や牧畜を行う者たちにとって、最も身近に感じられる神である。


その総本山を招くことで、この地域の国々を纏めたのである。


その、アルカルイク同盟の象徴ともいえる大地母神神殿総本山に、巨大な異変が起きていた。


無数の龍がその上空や神殿を構成する塔に居座っている。


そして、神殿の象徴たる大聖堂には雷により、巨大な穴が開いている。


「な、何者か!?」


神殿を守護する神官兵が大聖堂に集まる。

そこには五つの人影と、大地母神に仕える司祭服を纏った者が縛られて転がっていた。


そして立っている五つの人影を、目を凝らして見る。


「りゅ、龍人族!!」


頭にある紛うことなき龍の角。

つい先日、龍王国(シヴァ)とオスト王国との戦いで顕現したという龍と、今、この地に顕現している龍。


「この神殿の責任者を呼べ!」


タカオが神官兵を見回しながら、言葉を発する。


その言葉を聞いても、神官兵たちは動かない。いや、動くに動けないというべきか。


目の前にいる侵入者を前に、職務に忠実たろうとする意識が先に立っているのかもしれない。


タカオは、自分の右後方にいるホダカ(穂高岳より命名)が大きく声を張り上げる。


「我らは龍王国の者!

暴徒に襲われていた、お前たちの崇める大地母神(イシス)の聖女を庇護せし者なり!

それにもかかわらず、お前たち大地母神神殿は我らが王、リュウヤ陛下を害そうとした!

しかも、そのことに謝罪もなく、傲慢なる態度で我が王を愚弄した!

故に、使者として来た愚物を返し、大地母神神殿総本山の意を確かめるために来た!」


この言葉は、龍化している者たちを経由して、アルカルイク同盟に所属する全ての者たちの頭に直接届けられる。


これはリュウヤの指示によるものだ。

あえて全てを公開することで、大地母神神殿総本山の非を鳴らし、自分たちの正当性をみせる。

これに反論するために大地母神神殿側は、どんな手段が取れるだろうか?

龍王国側は、種族固有能力にて周囲の者たちに一気に広報できるのに対し、大地母神神殿側にそんなことはできない。

後から自分たちの正当性を主張したところで、この場でできなければ受け入れられることはない。


しかも、使者として来たという者を引き出して来たのだ。


事の重大さに気づいた神官兵のひとりが、大慌てで上位者を呼ぶべく走り出す。







神殿の外は混乱の極みというべき状況にある。


頭に直接響いた声の真偽はわからない。


だが、わかるのは大地母神神殿が龍人族に喧嘩を売った、もしくはそれに近いことをしたということだ。


龍人族の復活は、すでに龍王国とオスト王国との戦いで顕現したという噂が流れていた。


目の前にその龍がいるということは、噂ではなく事実だということ。

そして、龍人族の力は絶大なもの。

その力を発揮されれば、この神殿そのものだけでなくこの門前町も崩壊されるだろう。


そのことに思い至った者たちから、逃げ出そうという動きが始まり、それは周囲へと伝播していく。


最初は小さな動きでも、伝播したことにより拡大していき、濁流へと変わるのにさほどの時間はかからなかった。







半壊した大聖堂。


そこに神官兵に連れられ、高位者らしき者が現れる。


「・・・・・、これは・・・。」


大聖堂のあまりの惨状に絶句している。


破壊されているのは建物だけではなく、この大聖堂にあったはずの大地母神像も崩壊しており、見る影もない。


やがて、ぞろぞろと神殿関係者らしき者たちも集まってくる。


大聖堂の崩壊を見てやって来たのか、頭に直接響いた声を聞いてやって来たのか、はたまた両方か。


「いつになったら、責任者が現れるのだ?」


焦れたようなタカオの声。


「私が責任者だ。」


そう言って進み出る者が現れる。


「バーレ教皇!!」


信者や神殿関係者が口々にその名を呼ぶ。


「随分と遅いお出ましだな。」


タカオの声には、相当に嘲りが込められている。


一見すると堂々と出て来ているように見える教皇だが、その内心をタカオは見透かしている。


声は取り繕えても、指先やその足取りに見える震えは明らかに怯えから来ている。


「申し開きを聞こうか。」


タカオは完全に相手を呑んでかかっている。

そして、教皇バーレは完全に呑まれていた。


「も、申し開きといわれても・・・」


実際のところ、バーレ自身なにも知らないのだ。


彼がなぜ教皇などという立場になれたのか?

それはあまりにも消極的な理由からである。


バーレの所属していた派閥は、小さなものではないが、だからといって大きなものでもない。

わずかながらの影響力はあっても、それによって事態を左右できるほどではなかった。

それだからこそ、バーレは教皇として選ばれたのだ。


巨大な派閥では、その影響力を持って反対派閥の粛清に走りかねない。

それは、神殿内に混乱を招き、自分たちが吸うべき甘い汁を吸う機会を、混乱の収束に時間を取られてしまうことになる。

それを防ぐために、無視できる程度の力しか持たない派閥出身の、いわば無害なバーレを教皇にしたのである。


さらに、巨大な派閥の領袖たちはバーレにも甘い汁を吸わせることで、自分たちに取り込んだのだった。


「ならば、申し開きの機会をくれてやる。10日以内に、我らが王のもとで申し開きをするがいい。

それが出来なければ、この神殿そのものを破壊する。」


そう言うと、龍人族は龍化した者も含めて姿を消した。










残された大地母神神殿関係者は、呆然と立ち竦んでいる。


彼らは完全に心をへし折られている。


一般の信者がいくら死のうと、ここまで心をへし折られることはなかっただろう。


だが、厳重な結界に守られているはずの大聖堂を、実にあっさりと破壊してのけたその力。

しかも、真っ先に大聖堂を破壊したということは、何かあれば真っ先に高位者を殺すというメッセージに他ならない。


そのことを理解したからこそ、この場にいる高位者は呆然としたのだ。


当然、これはリュウヤの狙いでもある。


宗教が絡む戦い。


それを潰すには、その指導者の心をへし折ることである。


日本史を例に取れば、時の権力者すら「呪い殺す」と脅迫するなど横暴を極めた比叡山延暦寺。

それを潰すために、織田信長は焼き討ちをした。


同様に、一向一揆を主導した本願寺も、織田信長が自分たちと同じ土俵に上がると(本願寺は、講和を結んでは一方的に破棄して不意打ちを食らわしていたが、長島一向一揆で信長は、逆に講和を結びながら一方的に破壊するという、本願寺と同じことをした)、顕如はたちまち戦意を失った。


それと同じで、相手が「絶対にするわけがない」と思っていること、大聖堂の破壊をあえて行うことで心をへし折ることに成功した。


だが、教皇バーレをはじめとする神殿関係者に、そんなことはわからない。


とにかく、自分たちの身の安全を確保するために、龍王国に派遣する人員の選出に奔走したのだった。


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