大地母神神殿との接触
改めて、今回の出兵に関する報告を行う。
領土の割譲を求めなかったことに、主に人間族の一部から不満の声もあったが、現在の人材不足の状況を説明すると、理解はされたようだ。
同じ人間族でも、アデライードはそのことに積極的な賛成をしていたが、それは実際に統治に関わっているからであるだろう。
登用されている人材の質は良くても、数が足りていないのだ。
このままでは、長時間労働による疲労で潰れてしまいかねない。
「ブラック企業」が流行語となってしまうような国の出身であるリュウヤとしては、せめてこの王宮は「ホワイト企業」を目指したい。
役人がホワイト企業化すれば、それが民間に波及するかもしれない。
マンパワーに頼らざるを得ないこの世界の現状では、それも難しいだろうが。
賠償金の使い方についても協議される。
第一に、戦死者遺族への一時金及び年金の支給とそのための基金の創設。また、負傷者への手当の充当。
第二に戦費として使用した分を返納。
そして、残りはインフラ整備。
特に今後の経済活動を考慮すれば、道路網の整備と拡張は必須。
また水運を考慮するならば、川港や湖港も整備しなくてはならない。
「相変わらず、やることが多い。」
思わずボヤくリュウヤだが、さらに必要なことがある。
オスト王国からの人質の迎え入れの準備と、セルヴィ王国からの輿入れを迎え入れる準備。
特に後者に関しては、王宮内が大きく色めき立つ出来事だったようで、
「陛下が側室を持たれる決断をされた!」
と、ヴィティージェなどは大喜びしている。
「私にも、そのチャンスがあるかなぁ?」
とはユーリャの声。
「陛下に側室を持つ抵抗がなくなったのであれば、閨に行ってもよいのであろうな。」
エストレイシアは笑みを浮かべる。まるで、獲物を前にしたネコ科の猛獣が舌舐めずりしているようである。
影で話しているのならばまだマシだが、全てリュウヤの目の前での発言である。
頭を抱えたくなるというものだ。
また、近々セルヴィ王国から使節が来訪されることもある。
その準備もしなければならない。
そして、
「ギイ、神殿の建設候補地の選定はどうなっている?」
大地母神の聖女ユーリャを中心とした神殿の建設。
この地における大地母神神殿の影響力を削るための 仕掛けであると同時に、政教分離のための第一歩。
この「聖女派」ともいうべき宗派を成立させ、それによって権威を相対化させる。
相対化されれば、自ずと権威は低下してしまうため、大地母神神殿の抵抗が予想される。
「候補地は絞り込んでおる。あとは、アリフレートと協議するだけじゃ。」
ロマリア村にて神殿を実質的に切り盛りしていたアリフレートが、新たな神殿でも運営責任者になる。
「そういえば、そのアリフレートはどうした?」
リュウヤの疑問に、
「アリフレートならば、大地母神神殿からの使者の応対をしています。」
「ほう。」
「非常に無礼な者たちでしたから、さぞや対応にも苦慮しているでしょう。」
アデライードの言葉には、嘲りの色が強くでている。
新興の小国と侮っているのだろうが、その武力はこの地域でも最大級である。
それに喧嘩を売るような態度を取っていることを、彼らは当然のようにしているのだ。
「では、この後にでも馬鹿どもと会うとしよう。
それから、サクヤとアイニッキ。祝勝の宴の準備を任せる。」
サクヤとアイニッキは、リュウヤに一礼する。
これにて、午前の会議は解散する。
会議の後、リュウヤはミーティアとユーリャを伴い執務室へ。
そして、アルテアに命じてアリフレートに客人を連れて来るように伝言をする。
そしてアリフレートが連れて来た使者は、聞きしに勝る横柄さだった。
「聖女を即刻、こちらに引き渡していただきたい。」
挨拶もそこそこに、そう強硬に主張する。
「ユーリャ、君はどうしたい?」
使者が口を閉ざすと、リュウヤはユーリャにその意思を確認する。
「私はここにいる。」
即答である。
「わかった。それが聞ければじゅうぶんだ。あとは任せておきなさい。」
「はーい。」
ユーリャはあっさりと執務室から出て行く。
「なっ!!我らに引き渡せと言っているのだぞ!!」
使者は激昂するが、それに冷や水を浴びせるような冷ややかな言葉がリュウヤの口から発せられる。
「お前は、自分たちの置かれている状況を理解しているのか?」
「ふん!状況など・・・」
知ったことか、そう続けようとして続けられなかった。
「お前たち大地母神神殿に属する者が、一国の王を害しようとしたにもかかわらず、知ったことではない、そう口にするか?」
「!!」
「それどころか、お前は名乗ろうとすらせず、また大地母神神殿における職務すら語ろうとしない。
しかも、この国の王たるこの俺に対しての言葉遣いの数々。
大地母神神殿は我が国と戦争をしたいと、そういうことか?」
「そ、そういうわけでは・・・」
「では、どういうつもりであのような態度をとったのだ?」
使者はしどろもどろになっている。
「お前程度では話にならん。」
そういうとリュウヤは机の上の鈴を鳴らす。
「陛下、お呼びでしょうか?」
入って来たのはタカオである。
「この愚物を、大地母神神殿に送り届けてやれ。
そして、使者には相応の立場にある者を派遣するように言っておけ。」
「はっ!わかりました。」
タカオは使者を引き摺るように部屋から出ようとする。
「それから、先の戦いで龍人族も、連れて行っていいぞ。」
「本当によろしいのですか?」
リュウヤの言葉にタカオは驚く。
「かまわん。すでに完全に復活したことは知れているのだ。ならば、それを存分に利用する。」
今までは、ひた隠しにする事で時計の針の進行を遅らせたかったのだが、知られた以上は、周囲の準備不足につけ込みたい。
ある種の開き直りではあるが、周囲に手を出させないようにする事で、逆に時間を稼ぎたい。
「わかりました。皆に声をかけて、出発いたします。」
この日の昼過ぎ、大地母神神殿は30体の龍に包囲され、阿鼻叫喚の坩堝と化したのである。