冥神との邂逅
更新、遅くなりました
帰国当夜は互いに簡単な報告を行い、そして出兵に参加した者たちは休息する。
リュウヤは大扉の前にて、オスト王国産の葡萄酒を飲んでいた。
おそらくは、日本一の星空といわれる長野県阿智村よりも、自動車の排気ガスなどがない分、星々の輝度は高いだろう。
その星空を肴にして酒を飲むというのも、なかなか良いものである。
「何度見ても、星の並びが違うな。」
当たり前ではあるが、星空を見るとなんとなく日本で見ることができる星座を探してしまう。
この夏の時期ならば、蠍座のα星アンタレスが見ものだっただろうと思う。
他には白鳥座のヴェガや鷲座のアルタイル。
「去年は、ゆっくりと星を見る余裕も無かったからな。」
現在も決して余裕があるわけではないが、それでも去年よりはマシだ。
能力のある者も増え、リュウヤが決断しなければならないことも減った。
だから、たまには今夜のようなこともできる。
「やはり、こちらにおいででしたか、リュウヤ様。」
声の主はサクヤ。
「御相伴、よろしいでしょうか?」
最初からそのつもりだったのだろう。
手には木製のコップを持っている。
ニシュ村の女傑イヴァナから買ったものだ。
なかなか見事な装飾彫りがされており、その技巧はギイも褒めるほどだ。
「トモエが嘆いていましたよ。侍女服でしばらく過ごすことになってしまったと。」
トモエのしでかしたことを知ったのだろうか、その声にはリュウヤを咎める色はない。
「トモエは、考え無しに動くことがありますから。
リュウヤ様のお考えを、まだ理解されてはいなかったようです。」
そう言ってからクスリと笑う。
「心配していましたよ、陛下の御心配した通りになるのではないかと。」
「すでにそういう動きはあるようだが、すぐに敵対行動を取られることはないさ。」
龍人族を相手に戦うのはリスクが高すぎる。
龍化でもされたら、一体で千や二千の人間の軍を簡単に壊滅させてしまう。
他の有力種族相手でも、それはあまり変わらないのだ。
「トモエには、心配するなと伝えておいてほしい。
今回のことで、今後の行動が萎縮されて"らしさ"が無くなる方が、よっぽどマイナスだ。」
「わかりました。トモエにはそのように伝えておきますね。」
サクヤはニコリと笑う。
「オスト王国の葡萄酒は甘いのですね。」
「葡萄の品種の違いなのか、栽培環境の違いなのか、熟成の仕方が違うのか。研究の余地があるな。」
葡萄酒に使われる品種は多数ある。
日本で有名なのはシャルドネ種だろうか。
栽培環境となると、日照時間が長く、寒暖差が大きい方が良いと、山梨県のワイナリーで聞いたことがある。
熟成方法でも違いが出るようで、スペインではわざと地中に埋めて熟成させるものもある(死人のワイン)。
最近では、沈没船から引き上げられた物に高値が付いたりもしている。
また収穫時期による違いもあり、オーストリアあたりでは凍結するまで待ってから収穫、製造するアイスワインと呼ばれるものもある。
他にも葡萄にカビが生えるまで待ってから収穫、作製する貴腐ワインなんてものまである。
「色々なところから、葡萄の苗を取り寄せてみてもいいかな。」
そこから、色々と試行錯誤して作るのもいいかもしれない。
さらに数杯、飲み進んだところでリュウヤが口を開く。
「サクヤに謝らないといけないことがある。」
意を決した言葉だが、サクヤはあっさりとその意図を見抜いていた。
「オスト王国からの人質の件と、セルヴィ王国からの輿入れの件ですね。」
「そうだ。」
「私は心配していませんよ。」
自信満々な表情を見せているサクヤ。
「戦いに勝ち、その交渉の結果なのですから、致し方ありません。
それに、この国がより大きくなっていけば、同じようなことが何度でも起きることです。
いちいち気になどしてはいられません。」
その言葉を額面通りに受け取れるほど、リュウヤも鈍感ではない。
だが、下手な言葉はかえってサクヤの気持ちを踏みにじることになりかねない。
だから、ただサクヤを感謝をこめてしっかりと抱きしめ、口付けをする。
サクヤは先に戻り、リュウヤは大扉の前に残っている。
サクヤが王宮内に入ったことを確認してから、
「いつまで隠れているつもりだ?」
その言葉に、夜の闇の中から姿を現わす存在。
黒い服を着た、漆黒を思わせは黒い長髪の女性。
病的にも見えるほど白い顔。
艶めかしい唇から、
「気づかれているとは思っていたが・・・。」
そう言葉が漏れる。
「いつから気づいていたのじゃ?」
「初めから。俺がこの場に来たときには、すでにいただろう。
用があるのは俺ではなく、シヴァだと思っていたから黙っていたんだがな。」
「なるほど、汝は予想以上の者のようじゃ。
済まなんだの、試すような真似をして。」
言葉は謝罪だが、その口調は面白いものを見たかのようなものである。
「三代目は、今までのふたりとは違うようじゃな、姉上。」
"姉上?"
シヴァの妹?
リュウヤは"始源"を混沌から産まれたと仮定して、シヴァの名を付けた。
ならばその妹は?
帰る場所の守護者か?
「妾の自己紹介がまだであったな。
妾は、汝がシヴァと名付けた始源の龍の妹、冥神じゃ。
名はないがの。」
姉たるシヴァに名前が無かったのだから、その妹もまた名がないのだろう。
「妹よ、何をしにこの地に来たのじゃ?
この一千年余の間、冥府より動かなかったお前が?」
シヴァの声は直接頭に届く。
「三代目の顔を見に来た、それは本当じゃ。」
楽しそうに言う。
「そして忠告をしてやろうかと思うてな。」
冥神はそう言うとリュウヤの元まで近づいて来る。
「汝は"調和者"の眷属を配下にしておるようじゃが、それは後に苦しむ決断をすることになろう。」
さらに近づき、リュウヤに触れられるほどの距離となる。
「うん?」
冥神は足を止めて、リュウヤの姿をまじまじと見る。
「汝は、混じっておるな。」
「混じっている?」
何かを確信した冥神と、なんのことかわからないリュウヤ。
混じっているとは、始源の龍ことシヴァのことだろうか?
いや、シヴァならばあそこまで見ることはないだろう。
ならば、何と混じっているというのだろうか?
「三代目、いやリュウヤと言うたな。
姉上に名を与えたように、妾にも名を付けてはくれぬか?」
唐突な言葉にリュウヤは戸惑う。
「名というもので呼ばれるのは、いったいどのように感じるものか興味があるのじゃ。」
名を持つ身としては意識したことはないが、無いものからしてみれば興味が湧くものかもしれない。
だが、冥府の主となると真っ先に思い浮かぶのはギリシア神話のハーデスだが、女性名となると「ハーディ」か?
なにかライトノベルだったかアニメだったか、漫画だったかで聞いた覚えがあるのだが・・・・。
まあ、いいか。
「ハーディ、でどうだ?」
「ほう、ハーディか。」
何度かその名を呟いていたようだが、
「なかなか良いな。では、妾はこれよりハーディと名乗るとしよう。
リュウヤよ、汝には褒美として、我が宮殿に来ることを許そう。
場所は、汝ならばわかっていよう。」
言うだけ言うと、冥神ハーディはシヴァを振り返り、
「姉上、いずれまた。」
その姿は搔き消すように消えていく。
「シヴァ、あれは本当に?」
「我が妹、忘れられし八柱目の古き神じゃ。」
それが出てきたということは、
「これから起こりうることへの、警告か。」
「そうであろうな。あやつがそこまで親切だとは思いもせなんだが。」
それほどに、三代目である自分の動きが気になった、そう捉えるべきだろうか?
「あやつはあやつなりに、この世界のことを考えておるのじゃ。
この世界が破滅せぬように、とな。」
「俺がこの世界を破滅させると?」
その意思は自分には無い。
「お前はきっかけに過ぎぬ。
だが、お前は気がついていよう。
調和者とは何者かを。」
そして調和者がもたらそうとしている調和とは何かを。
「俺が考えている最悪と、シヴァが言うことが同じだとしたら・・・。
考えたくは無いな。」
星空を見上げながら、リュウヤは呟いていた。
冥神の宮殿の場所は、多分、意外だと思われる場所にあります。
それから「ハーディ」ですが、自衛隊が活躍する某作品に出てくる名前ですね。