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龍帝記  作者: 久万聖
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交渉終結

ラスカリス候に案内された大広間にて、オスト王国側の交渉団は既に席について待っていた。


一団の中央に座っている人物が交渉の責任者なのだろうが、かなり若く見える。10代後半から20歳前後か。

だが、今回のような戦後処理、しかも相手国の王が出てくるような時に、なぜこのような若者が?

この国の王アリボ2世は、40代半ばと聞いていたのだが・・・。


そのリュウヤの疑問が顔に出ていたのかもしれない。


ラスカリス候はリュウヤらを席に案内した後、


「本来であれば、国王たるアリボ2世陛下がこの場に出ることになっていたのですが、一昨夜、陛下は錯乱されてしまわれまして、代わりに第一王子、いえ王太子ジギスムント殿下が我が国の責任者となられました。」


そう説明する。


なるほど、国王を"押し込めた"か。


どうやらアリボ2世は、この講和交渉の場において害となる、そう家臣に判断されたのだろう。

だから、交渉の場に出てこられぬように、どこかに監禁されているのだろう。


それにしても、「押し込め」とはね。


「押し込め」というのは、一般的には無能な君主を家臣が無理やり引退に追い込む、一種のクーデターである。

無能であったり、放漫な君主では国が立ちゆかなくなる。

その事態を防ぐための手段である。

この「押し込め」というものは、日本でも時折り見られる行為でもある。

「時には主君の目の前で腹を切ってでも諌めるのが武士である」などという、文字通りの戯言(たわごと)が語られていた時期もあるが、そんな事例は極めて少ない。実際にそんなことをしたと言われているのは、織田信長を諌めるために死んだ"平手政秀"くらいのものだ(実際には、自分の子と信長の確執を収めるためとされる

)。


ただ、押し込められる理由は無能だからだけではない。

時には有能な主君さえ押し込められることもある。

これは、藩政改革をしようとしたところ、既得権益を守ろうとする抵抗勢力によって押し込められるのだ。

人によっては江戸時代最高の名君と呼ぶ、米沢藩の上杉鷹山(うえすぎようざん)さえ押し込められる寸前まで追い込まれた。


戦前、昭和天皇も対米戦争に積極的でないという理由で、軍部によって押し込めよういう動きがあったことも、最近の研究によって指摘されている。


龍王国(シヴァ)側は、リュウヤを中心にして、その右側にシニシャ、バトゥ、デュラス。

左側にフェミリンス、ミーティア、コジモ、スティール。

タカオはリュウヤの後ろに立っている。


ラスカリス候とイザーク伯も、それぞれの席に着く。


「それでは、これより始めましょう。」


進行役を務めるラスカリス候が、そう声を発した瞬間からリュウヤの雰囲気が大きく変わる。


その圧倒的な威圧感に、オスト王国側は息を飲む。

既にそれを体験しているイザーク伯ですら、思わず息を飲むほどである。


「これほどとは・・・」


報告を受けてはいたが、ラスカリス候もここまでのリュウヤの豹変ぶりに驚く。

あの、この大広間に至るまでに見せていた和気藹々とした姿。

あの姿を見ているだけに、イザーク伯の報告を聞いていなければ、自分も圧倒されていたかもしれない。


一方でシニシャも、この姿を見てホッとする。

廊下でのあの和気藹々とした様を見て抱いた懸念も、払拭される。


「やはりリュウヤはリュウヤである。」


と。





互いの手元には、それぞれの条件がまとめて書かれた羊皮紙が置いてある。


リュウヤの左側では、目の見えぬフェミリンスにミーティアが読んで聞かせている。


そして右側ではシニシャやバトゥ、デュラスが内容を確認している。


「我がイストール王国に異存はない。」


「俺もだ。」


デュラスとバトゥは、それぞれ返答する。

両国ともに、オスト王国と国境を接しているわけではなく、遠征費用とプラスアルファがあれば良い。

その額にも満足がいく条件が記されている。


それに対して、シニシャは狐につままれたような気がしてならない。


コスヴォル地方の割譲手順には、それなりに納得している。

セルヴィ王国、オスト王国双方の面子を巧みに保った良案とすら言える。


だが、なにかが引っかかって仕方がない。


また、自分の手元にある羊皮紙には、自国とオスト王国間の条件しか書かれていないことも、不安にさせる要因でもあるだろう。


そこで、エルフの秘書官がフェミリンスに読み聞かせている内容に聞き耳を立てている。


「・・・・・・コスヴォル地方を龍王国に割譲。その後にコスヴォル地方をセルヴィ王国に譲渡する。

その譲渡条件については、龍王国とセルヴィ王国で改めて協議されるものであり、オスト王国はそれに対して異議を唱えることはしない。」



ここまでは、自分も知っていることであり異議はない。



「・・・・・・・、なお、ニシュ村は龍王国に帰属するものとし、国境は龍王国のニシュ村とオスト王国の砦フィラハの中間点とし、互いが共同管理する関所を設置し、これをもって国境とする。」


ん?

なにかが引っかかる。

ニシュ村とフィラハの中間点が国境?

ということは龍王国は事実上、オスト王国から領土の割譲を受けない・・・。


シニシャは気づいた。

これはオスト王国の敵意を全て、セルヴィ王国に向けさせるのが狙いだと。


建前上は、龍王国はコスヴォル地方の割譲を受けるが、そのコスヴォル地方はすぐにセルヴィ王国に譲渡される。

その一方で龍王国は一片の領土の割譲も受けない。


オスト王国の国民は、これをどう見るだろうか?

龍王国は一片の土地も奪わなかったが、セルヴィ王国は自分たちが血を流して得た土地を奪っていった、そう見るだろう。

真実はどうであれ、オスト王国国民にはそれが事実なのだ。


その結果として、その憎悪はセルヴィ王国へと向かう。


その狙いはどこにあるのか?


セルヴィ王国単独ではオスト王国に対抗できない。

対抗するためには、龍王国の力が必要なのだ。

同盟関係を結ぶとは言っても、それだけで安心するような男ではない、そういうことだ。


それだけではない。

オスト王国にしても、国民の憎悪をセルヴィ王国に向けさせることで龍王国との関係改善をしやすくなる。


龍王国との関係が改善されれば、北方国境の大部分は安定することになり、その余力を別の方面に向けることが可能になる。

特に、今回の戦争で大打撃を受けた軍の立て直しを図らなければならない今、それはとても重要なことなのだ。


「リュウヤ殿、お主は一筋縄ではいかぬ男だな。」


小声で恨み言をリュウヤに漏らす。


「約束を果たしただけだぞ、俺は。」


澄まし顔で答えるリュウヤ。


そう、シニシャが求めたのはコスヴォル地方をセルヴィ王国に取り戻すこと。

それを確実にしたのはリュウヤなのだから、恨み言を言うのはお門違いなのは理解してはいる。


「見た目によらず、随分と人が悪いことは理解したよ。」


とはいえ、同盟を結ぶことを提案したのは自分だ。

その同盟をいかに強固なものに、なによりもセルヴィ王国により利益をもたらすものにしなければならない。

それは、コスヴォル地方の譲渡交渉で行うべきことだろう。


油断ならぬ相手との交渉団に、シニシャは天を仰ぎたくなった。





龍王国とオスト王国の交渉。


賠償金の金額とその支払い方法。


領土の割譲を求めないこともあり、総額で金貨1万枚。これは、イストール王国やドワーフの国カルバハル、パドヴァへの支払い分も含まれる。

5千枚は一括で。

残りは年250枚の20年払い。ただし、こちらには年5%の利息がつく。また、繰り上げ払いも可とする。


またオスト王国は、龍王国に第一王女クリスティーネ及び第四王女エレオノーラ、第四王子マクシミリアンの3人を事実上の人質として送ることが決定される。


なぜ3人も?

そう思ったのだが、スティールの情報によればアリボ2世は好色で知られており、子供がたくさんいるため今後の後継者争いのことを考えて、より多く外に出したいのだという。


そのため、本当はまだ出したいのだという。


ちなみに何人の子供がいるか確認したところ、男子12名に女子16名とのことである。


徳川家斉(とくがわいえなり)かとツッコミを入れたくなったが(男子26人、女子27人!!)、その名を出しても誰も知らぬので言えずにいる。


こうして、交渉は終わりを迎えた。


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