ウリエ王子
フィリップ、ウリエの両王子がリュウヤたちを出迎えた。
当初はウリエひとりで出迎えるつもりだったのだが、ラムジー四世が縄に縛られ、連れられていることに気づき、ふたりで出迎えることにしたのだ。ウリエひとりではラムジー四世を抑えられないとの判断である。
実際、ラムジー四世はウリエを見ると、なにやら喚き出そうとしたのだが、その隣にフィリップがいることに気づき、その冷たい視線を受けると途端におとなしくなったのだ。
ジゼル少年により、出迎えたのがふたりの王子であることを知るリュウヤたち。
地球なら挨拶して握手、なんだろうがこの世界ではどうしたらいい?考えても始まらない。なので、
「私は、リュウヤ。フィリップ、ウリエ両王子とお見受けする。人族の礼節に疎いゆえ、失礼な態度をとるやも知れぬが、他意はないので流していただければ有難い。」
なるべく失礼にならぬよう、それでいて龍人族代表として侮られぬよう言葉を選ぶ。
両王子はリュウヤが名乗ったことに驚く。龍人族は基本的に名を持たない。フィリップが使節団団長として赴いた際、龍人族に名をつけられるのは始原の龍のみと聞き及んでいる。
それなのに名を持つ龍人族?始源の龍が衰える前に名を与えられたのならば、フィリップが知らぬはずはない。その証拠に、リュウヤと名乗る龍人族の後ろに控えるふたりには見覚えがある。龍の巫女に仕え、側にいたふたりだ。逆に言えば、そのふたりがいるからこのリュウヤと名乗る男が、龍人族であることを確証させる。
「申し訳ございませんが、王宮への武器の持ち込みは国法により禁じられております。」
両王子の背後に控えていた侍官がそう述べる。
武器を預からせていただきたい、そういうことだろう。
リュウヤの背後のふたりが思わず激昂しそうになるが、
「かまわぬ。」
そう言って先にリュウヤが応じて剣を渡したため、ふたりは渋々ながら応じる。
"ここは従え"と、リュウヤから念話があったこともあるが。
「ただ、業物なのでな。丁重に扱っていただきたい。」
「承知致しました。」
侍官と短いやりとりをした後、両王子に向き直る。
「あと、ふたりの着替えを用意していただきたい。私の不注意で水飛沫を浴びてしまい、ずぶ濡れになってしまったのでな。」
たしかに後ろのふたりはずぶ濡れになっている。
ウリエが側に控えている女官に指示を出す。
「従者の方々、こちらへ。」
女官が進み出て、ふたりを案内する。一瞬戸惑ったふたりだが、リュウヤにも促され、女官とともに行く。
それを確認して、
「我々も行きましょう。」
フィリップ王子に促され、王宮を案内される。
案内された先は"さほど広くない広間"とのことだが、リュウヤは"どこが広くない"のか、理解に苦しんでる。どう見ても三十疊はあるだろうに。
「ラムジー四世王は、どうしているのか?」
ふと気になって聞いてみる。
「随分と濡れ鼠になられておいでですので、着替えられたのちに、居室にておやすみさせていただいております。」
フィリップ王子がしれっと答える。
"居室にておやすみさせていただいております"とは、ていのいい幽閉ということか。出てきたら、間違いなく話がまとまらなくなるので、それが最善という判断なのだろう。
このフィリップ王子というのが王兄なのだろう。王兄と聞いて感じていた懸念は、うがち過ぎだったようだ。だが、それならなぜ兄が後を継がない?そこでひとつの言葉が頭をよぎる。
「庶兄」
正妻とは違う、側室から産まれたのがフィリップ王子か。そして、この庶兄には野心が少ないのだろう。だから自らが王になることはしなかった。織田信広(注1.とは違うということか。それとも、異説を信じるなら真田信幸・信繁兄弟(注2.か。
注1."織田信広。織田信長の庶兄。斎藤義竜にそそのかされて謀反を起こすが、信長に敗れる。その後は、信長に従う。
伊勢・長島一向一揆にて戦死。"
注2."信繁のほうが、信幸よりも数ヶ月生まれが早かったとする説がある"
リュウヤとウリエ王子は、テーブルに向かい合ってソファに座る。
「先に済ませておきたい事がある。」
そう言ってフィリップは一旦、席を外した。
おそらくは、ジゼル少年から状況説明を受けるのだろう。そして、その間はウリエ王子が相手を務めると。
この年若い王子に、どこまでの話をするべきか?思案していると、
「この度は、まことに申し訳ありませんでした。」
ウリエが率直な謝罪の言葉を述べる。
これにはリュウヤも驚く。ここまで率直に謝罪されふとは思わなかったから。
ここで改めてウリエ王子を見る。年齢は十代後半というところか。ウェーブがかかった金髪と、やや幼くも見える顔立ちから少女に間違われることもありそうだ。青みがかった瞳は利発さと意志の強さをうかがわせる。
なるほど、この少年こそが次期国王候補筆頭か。
推測でしかないが、フィリップ王子はウリエ王子に今回の交渉をまとめさせようとしている。その実績を持って、ラムジー四世退位後の国王とする腹づもりだろう。無論、ウリエ王子にはそれが期待できるだけの能力があると信じてのこと。率直に謝罪をしてきたことからも、その気質は良いと思われる。
ならば、
「今回の戦は、ラムジー四世の私欲より始まったこと。貴方が頭を下げることではありますまい。」
フィリップ王子の思惑に乗ることにする。
ラムジー四世の出兵の事情は、デュラス男爵やジゼルから聞いている。フィリップ王子の留守を狙い、ウリエ王子が諌める言葉を聞かなかったことを。なので、フィリップやウリエたち個人を責める気はないが、国としての責任は果たしてもらわなければならない。
「ただ、臣下の暴発ならばいざ知らず、国王自らの親卒である以上、その責は負っていただかねばならぬでしょう。」
「はい、十分に承知しております。」
ウリエはしっかりとリュウヤを見据え、答える。その顔は先程までとは違っている。国としての責任は負う。しかし、過剰な責任を負うつもりはない。厳しい交渉に臨む政治家や外交官の顔とでもいうべきか。"王族とは生まれながらの政治家"という者もいる。このウリエ王子も、王族としての姿勢をみせている。
「では、本題に入るとしましょうか。」
リュウヤのこの言葉により、今回の戦の戦後処理のための交渉が始まった。