コスヴォル地方の帰属
翌昼、アリボ2世の名でグラーツへの招待状が届く。
届けて来たのは、随員が増えたイザーク伯ら一行である。
シニシャは前日の激しいやりとりから、この豹変ぶりを訝しんだのだが、断るにもリュウヤが応じたためにそれもできない。
ただ、龍王国側にも、随員選考などの準備が必要であるため、翌日正午頃に伺うことを伝える。
また、その際に襲撃の首謀者であるアンジェロ・ローレンツとその証言者10名ほどを連れて行くことを伝える。
イザーク伯は増えた随員に、そのことを王宮に伝えるよう命じ、自らは前日の交渉の続きを行うために残っている。
シニシャは再び舌戦を繰り広げるかと身構えている。
その一方でリュウヤは、エストレイシアを呼ぶと翌日の随員の選考を命じる。
交渉の場は、前日と同じ天幕の中だった。
そして、この日の交渉も前日をなぞるような展開となっている。
コスヴォル地方を巡る論争に拍車がかかる。
前日と変わらぬ展開に、同席しているデュラスは苦笑している。
話の流れが変わったのは、リュウヤの発言からである。
「オスト王国は、セルヴィ王国に敗れたわけではないから、そのセルヴィ王国に割譲するいわれはない、そういうことだな?」
「はい、その通りです。」
イザーク伯は即答する。
「セルヴィ王国単独ならば、我が国は負けておらず、むしろ殲滅することさえできていたでしょう。」
事実ではある。
アルカン率いるセルヴィ王国軍は、エストレイシア指揮下の龍王国軍が間に合わなければ、間違いなく殲滅されていただろう。
「我らはセルヴィ王国と龍王国、イストール王国、パドヴァ王国の連合軍である。そのような仮定に意味はない!」
これも事実である。
オスト王国が戦ったのが連合軍である以上、"たら""れば"は通用しない。
「オスト王国はコスヴォル地方を我が国にならば、割譲できる、そう捉えて良いのか?」
その言葉にシニシャは困惑した表情を見せる。
「龍王国にならば、やむを得ぬでしょうな。」
イザーク伯の返答。
「それならばこうしてはどうか。」
リュウヤの提案は、オスト王国は龍王国にコスヴォル地方を割譲する。
その後、そのコスヴォル地方を龍王国がセルヴィ王国に譲渡するというものだ。
オスト王国としては、セルヴィ王国に負けたのではないという面子が立ち、セルヴィ王国は悲願でもあるコスヴォル地方を取り戻すことができる。
龍王国としても、あくまでも書類上、一時的に領有することになるがすぐにセルヴィ王国に明け渡すので、負担は少ない。
三者ともに利益になり、損でもある。
「わかりました。リュウヤ陛下の提案を受け入れます。」
シニシャは受け入れを表明する。
面子という部分では不満だが、コスヴォル地方という実利を得ることができる。
悪くはない、むしろ上出来ではないか。
一方のイザーク伯は、天を仰いでいる。
交渉慣れしていると思われるイザーク伯も、自らの発言に言質を取られる失態に天を仰いでいると、シニシャは
感想を持ったのだが、実態は違う。
うまくシニシャが提案に乗ってくれたことにホッとしており、その表情を隠すために天を仰いでいたのだ。
これは昨夜、リュウヤが派遣した使者からの提案であり、その裏にある狙いを隠すために、前日と同様の展開に持ち込んだのだった。
それによりシニシャの疲弊を誘い、正常な判断をさせないようにする。
シニシャは見事にはまってくれていた。
セルヴィ民族にとっての聖地を取り戻せる、その判断もあったのだろうが、リュウヤ、イザーク伯ともに満足できる展開となった。
「仕方ありませんな。」
演技を悟られぬように、イザーク伯は重々しく返答する。
「これで、最大の懸案は片付いたわけだな。細かなことは明日、オスト王国の王宮にて定めるとしよう。」
このリュウヤの言葉で、今回の交渉の席は解散となる。
「コスヴォル地方奪還の悲願を叶えてくれて、感謝する。」
シニシャの言葉に少し胸が痛む。
天幕の中が龍王国関係者のみとなったとき、
「陛下もお人が悪い。」
そう口にしたのはフェミリンスである。
昨日、今日とずっと黙していた彼女だが、リュウヤの狙いを読みきっていたようだった。
「後で抗議されても知りませんよ。」
そう、リュウヤの狙いが明らかになったとき、シニシャは愕然とすることになる。