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龍帝記  作者: 久万聖
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講和交渉

イザーク伯らの正面にリュウヤらが座る。


オブザーバー的存在のデュラスは、右端に座っている。


最初に発言をしたのはオスト王国側、イザーク伯とともに来たフレート・ペツネック。

爵位を持たない下級貴族である。


「その前に、陛下を襲撃したという者の名を、御教えいただきたい。」


オスト王国としては、なんとしても知りたい情報だろう。

その者が本当にオスト王国関係者なのか?

それがこの戦争勃発当初からの、オスト王国側の疑問なのだから。


「なるほど、我が国の開戦理由をこじつけであると、そう思っておられるようだ。」


リュウヤの言葉にわずかに怯むが、


「はい、そう思っております。」


ペツネックの返事に、イザーク伯は内心で肝を潰す。


「この場においてその台詞(せりふ)が言えるとは、豪気なものだ。」


リュウヤは感心したようにペツネックを見る。


敵陣の真っ只中で、その総大将の勘気に触れかねない言葉を堂々と口にする。なかなかできるものではない。


「我が国に来るならば、重用するぞ?」


このような場で、面と向かってスカウトするリュウヤもどうかしているだろう。


「嬉しい言葉ではございますが、その件は辞退させていただきます。」


「ほう、その理由を聞かせてもらえるかな?」


「私は生まれも育ちも、このオスト王国でございます。その祖国を去るなど、私のような小者にはできかねることです。

それに、遥か東方の国言葉に、"虎は死して皮を残し、人は死して名を留める"とあります。

私も、この祖国の歴史にわずかでも名を留めたいのです。」


"虎は死して皮を残し、人は死して名を留める"、この言葉がこの世界にもあるとは。

あちらの世界では、朱全忠が打ち立てた五代十国時代の後梁(907年〜923年)に仕えた猛将王彦章(字名は賢明、863~923年)の残した言葉だ。

重い鉄製の槍を振るって戦う姿から、王鉄槍(おうてっそう)の異名を持つ。

彼が後唐との戦いに敗れ、捕らえられた時に残した言葉である。

彼の武勇を惜しんだ後唐の荘宗(そうそう)李存勗(り・そんきょく)が、自分に仕えるように言った時の返答である。

ただ、本来は"虎"ではなく"(ひょう)"だとされる。


この言葉を出されては、引かざるを得ない。


「フリート・ペツネックと言ったな。ならば、お前を信用してそのものの名を教えよう。

アンジェロ・ローレンツ。

こちらで調べたが、ローレンツ男爵家の五男だ。」


さらに、アンジェロが指揮したことを証言する者たち、約100名を捕らえ、この場に連れてきていることも伝える。


ペツネックの蛮勇と捉えられかねない態度により、最も知りたい情報を得ることができたが、だからといって心が晴れるようなことではない。


ローレンツ男爵家だったとは・・・。


イザーク伯は呻くような声をあげる。

ローレンツ男爵家、簡単に言えば"没落した子沢山貴族"だ。


没落貴族の子弟が傭兵になるなど、ありふれた話すぎる。

しかも五男となると、国外に出てしまえば追跡調査も難しい。


「さて、襲撃者の名を明かしたのだ。本題に入ろうではないか。」


リュウヤのその言葉に、イザーク伯は本来の目的を思い出した。













下交渉、その第1回目となると、互いの主張のぶつけ合いが基本的なものである。

そこから妥協点を見つけ、より自分たちに有利な条件を獲得するための戦いが始まるのだ。


「外交とは武器を用いない戦争である」


とは、使い古された言葉だが、決して間違った言葉ではない。

しかも、戦後処理のための交渉となれば、それはまさに"言葉を武器にした戦争"である。


特に、オスト王国とセルヴィ王国のやりとりは、激戦というべきものであった。


これは、互いの認識の違いが大きいかもしれない。

オスト王国にしてみれば、敗れたのは龍王国(シヴァ)にであって、セルヴィ王国にではない。

事実、龍王国の手助けが無ければ、コスヴォル地方を失陥することは無かった。


だが、セルヴィ王国の見立ては違う。

たしかに龍王国の助力はあったが、コスヴォル地方を取り返すために多くの犠牲者を出したのであり、また、表立って戦ったのは自分たちであるという自負がある。


この両者の対立により、コスヴォル地方の扱いに関する話し合いに多くの時間が割かれた。


あまりの激しいやりとりに両者は疲弊し、この日での交渉継続は困難であるとして、物別れとなった。


イザーク伯は、報告のためにグラーツへ戻る。


そして翌日、講和交渉は大きく動くことになる。


それは、夜の間にリュウヤが派遣した使者の提示した条件によるものだった。

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