イザーク伯
オスト王国王都グラーツ郊外に陣を構える。
これは、ひとつには示威行為であり、オスト王国の出方を伺うものである。
ただ、今回はオスト王国の出方を伺うというよりも、グラーツより派遣されるであろう使者を迎えるのが目的となる。
陣を構えて間もなく、グラーツより使者一行が現れる。
「私はエーリッヒ・イザーク。
伯の爵位を持つ者。
オスト王国より使者として遣わされた。
龍王国の王、リュウヤ陛下に御目通り願いたい。」
イザーク伯を出迎えたのは、リョースアールヴのイルマリだった。
「私はイルマリ。
使者殿たちをお連れするよう、陛下より仰せつかっている。ついてこられよ。」
その言葉に鷹揚に頷き、後に続く。
陣中を通り、リュウヤの待つ天幕まで約10分。
その短い時間の中でも、イザーク伯は観察を怠らない。
その観察のなかで感じられること。
「噂には聞いてはいたが、予想以上に多種族混同なのだな。」
人間族が大半を占めるオスト王国では、これだけの種族は見られない。
見られても、せいぜいがエルフかドワーフ、ドヴェルグくらい。
アールヴや龍人族はまず見ることがない。
「しかも、これだけの種族をまとめ上げるとはな。」
素直に感嘆する。
だが、ただまとめるだけなら武力のみでも出来ないわけではない。
下交渉の使者であるイザーク伯が注目しているのは、敵王たるリュウヤの知性。
その知性が無ければ、交渉はまとまらなくなる恐れもある。
いや、交渉の結果、オスト王国が滅亡する可能性すらある。
その知性も、その種を見極めなければならない。
真に知性と呼べるものであるのか、狡知・奸智の類いであるのか。
リュウヤがいるという、一際大きな天幕の前まで来ると、イザーク伯ら使者の一行は大きく深呼吸をする。
この中に敵王がいる。
そう思うと、全身を緊張に包まれる。
イルマリに促され、中に入る。
そしてその正面の奥に、その敵王がいた。
イザーク伯はこの時のことを、後に自分の子らに次のように語る。
「第一印象は、単なる美形の優男だった。
だが、次の瞬間に悟った。
絶対に敵にしてはならない人物、いや存在だと。」
「お初にお目にかかります、エーリッヒ・イザークと申します。」
誰に促されるでもなく、イザーク伯は自然と膝を折り頭を下げていた。
イザーク伯だけではない。同行している6名全員が、そうするのが当たり前であるかのように膝を折り、頭を下げていた。
「面をあげられよ、使者の方々。」
その言葉に一行は顔をあげて、初めてリュウヤの顔を正面からしっかりと見る。
一見すれば美形の優男。
だが、底知れぬ恐怖が全身を覆う。
イザーク伯は一行のひとりに目をやる。
イザーク伯に視線を送られた者、彼は護衛のひとりとして付き従っている魔法使いである。
その魔法使いは、小さく首を振る。それは、魔力の発動は感じられない、そう伝えるものだった。
魔力による圧力ではないならば、絶大な武力を持つ者が放つという殺気の類いだろうか?
そう思い別の随員に視線を送る。だが、その視線を送られた者も小さく首を振っている。
ならば、これは自分の直感が恐怖を心に伝えているということか。
「講和のための下交渉、私はそう判断しているのだが、違ったかな?」
「いえ、相違ありません。」
「では、場を改めよう。イザーク伯と、その補佐をされる方々はついてこられよ。」
リュウヤはそう言うと、イザーク伯らが入ってきたのとは違う出入り口より出て行く。
それを、イザーク伯とふたりの従者が後を追った。
その先にの天幕には、リョースアールヴのフェミリンスとエルフのミーティアが待っていた。
さらに、セルヴィ王国の王弟シニシャと、イストール王国からの援軍の指揮官であるデュラスも、この場にはいる。
シニシャはともかくとして、デュラスはオブザーバーとでもいう立場であり、本人もそれを自覚している。
そのため、交渉には求められない限りは、発言をしないことにしている。
それぞれに用意された席に座ると、
「では、始めるとしようか。」
そのリュウヤの言葉が、下交渉の開始の合図となった。