処罰
毎度のことながら、戦後処理はめんどくさい。
結果的に圧勝したのだから、楽なものだと思うかもしれないが、圧勝したらしたで問題がでてくる。
その最たるものが、遺体の処理である。
国や民族によっては、敵の遺体はそのまま野晒しにして、獣たちの餌にするそうだ。
また、野晒しにしておくというのは、敵対勢力への見せしめという側面もある。
地球では、モンゴルの征西により破壊された中央アジアの諸都市のなかには、野晒しにされた死体から発する死臭が染み付いてしまったことにより、何年も放棄された都市すらある。
また、野晒しにされた遺体に群がるのが狼程度ならばまだマシで、魔獣や魔物と呼ばれる大型生物が死臭に誘われてきてしまうと、周辺の街や村の脅威となってしまう。
そのため、大量の戦死者の埋葬を行うのだ。
そんな作業を命じていると、エナーレス候を捕らえたナスチャがやって来る。
エナーレス候は、捕虜用の天幕に押し込んでいる。
「すっげえなあ、龍人族の力ってのはさ。」
「何をいまさら。お前はその龍人族に喧嘩を売っただろうが。」
「あれは・・・、そう、若気の至りってやつだ。」
その言葉に、リュウヤはナスチャにデコピンを食らわす。
「いて!!」
おでこを抑えるナスチャの頭を、リュウヤが撫でる。
「エナーレス候を捕らえてくれてありがとう。おかげで、余計な人死が無くなった。」
頭を撫でられたことが恥ずかしいのか、面と向かって褒められたことが恥ずかしいのか、ナスチャは顔を真っ赤になっている。
「ガキ扱いするんじゃねぇよ!!」
撫でるリュウヤの手を振り払う。
そのナスチャの照れ隠しを見て、この場にいる皆が笑う。
実際、このクラーゲンフルト平原の戦いで最も懸念していたのが、この場で有力貴族が生き残り、王都グラーツで再戦を企図することだった。
敗戦寸前というのは、主戦論者たちを狂気に追い込むことがある。
国民全てが死に絶えても戦う、そう主張することすらあるのだ。
それこそ、敗戦間近の大日本帝国陸軍主戦派のように。
彼らは、原爆を2発も落とされていながら継戦を叫び、昭和天皇の玉音放送用に録音された音源を奪おうともしていた。
「一億総火の玉となって戦う」
それが陸軍主戦派の主張だったが、それが実現していたなら、自分たちがこの世に産まれることはなかったかもしれない。
ナスチャに手を振り払われたとき、龍化していた龍人族がやってくる。
全員、リュウヤが用意した衣服を着用しているのだが、その姿を見てタカオら近衛隊、スティールらリュウヤの側近は笑いを押し殺している。
なぜなら、全員が侍女の服を着ていたからである。
「申し開きを聞こうか?」
リュウヤは、ナスチャへの対応とは違っている。
「申し開き、とは一体・・・・。」
代表してトモエが口を開く。
「俺は、敗走した敵の中から、指揮官クラスの捕縛をせよと命じたはずだよな?」
「は、はい。その通りです。」
いつもと違うリュウヤの態度に、トモエも緊張しているようである。
「それで、なぜあのような行動をとったのだ?」
「味方が不利な状況になっているように、そう見えましたので・・・」
「ふむ。たしかにあの状況は、不利に見えたかもしれんな。」
この言葉にホッとするトモエ。
「だが、あれから本隊が参戦し、状況を覆すところだったのだがな。」
この言葉に、トモエたちは顔を見合わせる。
確かに、あの時本隊から魔力の高まりを感じとっていた。
あれは、反撃の合図となるべきものだったのだろうか?
「それだけではない。龍化の許可は出していないはずだが、なぜ龍化したのだ?」
魔法攻撃だけならば、リュウヤもそこまで怒ることはない。
リュウヤが一番問題にしたのは、この龍化したことである。
これが自国内であったり、一体だけならばなんとか誤魔化せたかもしれない。始源の龍が顕現したとでもすればいいのだから。
だが、他国で10体も現れたらどうなるか?
それは龍人族が本来の力を取り戻したことを、各国に喧伝することになる。
目撃者が自国民だけなら、箝口令を布けばなんとかなるかもしれない。だが今回は戦場であり、当然ながら敵国兵の目撃者がいる。
そこまで口を封じることはできない。
リュウヤとしては、まだ龍人族が完全に復活したことを伏せておきたかったのだ。
可能ならば、永遠に。
龍人族の完全復活は大きな軋轢を生みかねない。
周辺国とではなく、他の強大な力を持つ種族と。
「そ、それは、勝利を完全なるものにするために・・・」
リュウヤは大きく息を吐く。
「命令違反とはいえ、武功は武功だ。勝利に導いた功績で命令違反ひとつを相殺。」
その言葉にホッとする。
しかし、次の言葉に頭を抱えることになる。
「残るもうひとつの命令違反の罰は、帰国まで全員その格好でいること。」
戦闘種族と見做される龍人族は、極一部を除けば動きやすい服装をしている。
そのため、男装の麗人のように見られることもある。
特に、トモエはその気性からもその傾向が強く、服装も戦士らしいものを好む。
それが、最も女性的と言われてもおかしくはない侍女たちの服を着る。しかも帰国まで。
「へ、陛下、それは・・・。」
「以上。遺体の処理が終わったら野営の準備をせよ。明日は、王都グラーツへ向けて進軍する。」
リュウヤの宣告に、トモエは情けない声をあげていた。