クラーゲンフルト平原の戦い 後編
その光景を、リュウヤはもちろん、魔法を撃ち込むはずだったタカオら龍人族、マテオら近衛隊の面々にスティールら、今回の戦いで本隊を形成しているものたちは、何が起きたのか咄嗟に理解できずにいた。
「何が起きた?」
数瞬ののち、リュウヤが口にした疑問。
皆がその疑問に答えるべく、目の前で起きた事象を頭の中で整理していく。
タカオら龍人族5人がリュウヤの命を受けて、敵陣に魔法を撃ち込むべく準備を開始。
さあ撃ち込もうとした時、リュウヤとタカオら龍人族にスティールら両アールヴが、敵陣の後方に強力な魔力の高まりを感じ、魔法の撃ち込みを中断。
こちらへの攻撃魔法の可能性を考え、即座にリュウヤが防御魔法を展開。
その数瞬後、敵陣後方から放たれた雷撃魔法が、こちらが撃ち込むはずだった場所へと炸裂していた。
「では、誰が撃ち込んだのだ?」
スティールが最大の疑問を口にする。
「・・・・・・・、まさか!!」
リュウヤが心当たりの人物と、その人物が率いている集団を思い出す。
「まさか陛下、トモエたちが・・・?」
タカオもそこに考えが至ったらしい。
それが正しいことが皆の前に明らかになったのは、撃ち込まれた雷撃魔法による土煙が晴れてからだった。
「あの馬鹿・・・!」
リュウヤは絶句し、マテオは呆然と、スティールが唖然とし、タカオら龍人族は頭を抱える。
土煙が晴れて現れたのは、10体の黒い龍。
「龍化までしやがった・・・。」
流石に100人全員が龍化してはいない。
「タカオ、マテオ、スティール。お前たちはあの場にいたよな?」
あの場とは、トモエに命令を下した時のことだ。
「はい。あの時陛下は、"敵が敗走したら"指揮官クラスの者たちを捕縛せよ、そう命じておりました。」
マテオが答え、他のふたりも頷く。
そのために、捕縛するのに最も適した人材である"蜘蛛使いのナスチャ"を同行させたのだ。
「陛下、もしかしたら命令の仕方が悪かったのかもしれません。」
恐る恐るといったように、タカオが進言する。
「・・・・どういう、ことだ?」
「トモエ相手には、してはいけないことを明確にする必要がある、そうサクヤ様に伺ったことがあります。」
「・・・・・・・。」
「ですので、トモエは敗走するのを待つのではなく、自らの手で敗走させて、捕縛しようとしているのではないか、と。」
その言葉を聞き、リュウヤは思いっきり脱力する。
自らの手で敗走させるって、どうしたらそういう発想になるのだ?
「なるほど、普段はごくまともに見えてはいるが、それはサクヤとシズカが側にいるから、ということか。」
あのふたりがトモエをコントロールしている、そういうことらしい。
こうなると、リュウヤは乾いた笑いをするほかない。
ここまで堂々と命令違反をされては、毒気も無くなるというものだ。
「トモエは、人情家で面倒見のいい姉御肌。そう思っていたが、実はとても残念な頭をしていたってことか。」
「は、はい。その裏表のなさで人望はあるのですが・・・」
タカオらも苦笑いを浮かべている。
「龍化だけは、はっきりと禁じておくべきだったな。」
そう嘆息すると、
「早急に大型の天幕を張れ。」
まずは龍化を解いたときの対策をしなければ。
なぜなら、龍化を解くと何も着けていない状態、はっきり言えば全裸の状態になるのだ。
天幕を張って衆目の目に入らないように、そして着用する衣服の準備をしておかなければならない。
これから出撃だと士気が上がっていた本隊の者たちは、著しく士気を低下させて受け入れの準備を開始した。
エナーレス候は、リュウヤらのように笑ってはいられない。強力な雷撃魔法により、轟音とともに陣の中央に巨大な空白地帯が出来てしまったのだ。
そして、その出来事のために兵が混乱し、浮き足立ってしまっている。
混乱をなんとか治めようとするが、今度ばかりは治る気配がない。
治るわけがない、そう言ったほうが正解かもしれない。
自分たちの頭上を10体もの龍が、悠然と飛んでいるのだ。
しかもその龍たちは時折、自分たちを襲うかのように地上すれすれに急降下して来るのだ。
それだけではない。頭上の龍に気を取られていると、そこに龍王国軍が攻撃してくる。
押し込んでいたはずのドワーフ隊やエルフ隊が、勢いを盛り返している。これまで彼らが避けていた白兵戦に、積極的に挑んでくる。
それだけではない。パドヴァ軍と両アールヴの左翼部隊は、アールヴの放つ攻撃魔法を合図にしたかのように攻勢に転じる。
右翼のイストール王国軍、ドヴェルグ隊も攻勢に入る。
そして、オスト王国貴族連合軍の背後から龍人族の部隊が迫ってくる。
ことここに至って、エナーレス候は敗北を認めざるを得なかった。
「こうなっては、王都グラーツの城壁をもって抗するほかはあるまい。退けい!!王都グラーツにて最後の一戦を挑むのだ!!」
その命令に従ったのかはわからない。
ただ、貴族連合軍は王都への退却という名分のもと、"敗走"を始めた。
龍王国軍は追撃戦へと移行するだけでなく、龍人族と蜘蛛使いナスチャによる敵指揮官クラスの捕縛作戦を開始する。
ナスチャは支配下にある蜘蛛たちを展開させ、次々と貴族を中心に捕縛していく。
「貴族ってのは、責任ある立場だから真っ先に逃げるなんてことは、ないと思ったんだがなあ。」
敵から奪った馬に乗って、ナスチャは面白くなさそうに呟く。
交流のある獣人族たちならば、敗走したときは指揮官クラスが最後まで残り、ひとりでも多くの部下を逃すべく戦うだろう。
それは、おそらくはリュウヤもそうに違いない。ただ、リュウヤが敗走するというのは、とても想像できることではないが。
そのナスチャの目の前を、一際目立つ鎧を着けた男を中心とした一団が現れる。
いい獲物が来たとばかりに、ナスチャはその一団の前に馬を進める。
「おっさんたち。あたいに捕まってくれないかなぁ?今なら、優しく縛ってあげるからさ。」
小馬鹿にしたような物言いに激昂したひとりが、ナスチャに向け槍を振るう。
ナスチャは身体を捻って槍を躱すと、ギドゥン作のミスリル製の小剣で、槍の穂先を斬りとばす。
「さっすがドヴェルグが打っただけあるね。斬れ味が段違いだ。」
嬉しそうに呟くナスチャ。
護衛の者たちは、今のナスチャの身のこなしを見て、目の前の小娘が容易ならざる敵であることを悟る。
「エナーレス候!ここは我らに任せてお行きください!」
護衛たちの様子に、この小娘が見た目からは測れない手練れだと知る。
「わかった。任せる。」
そう言ってエナーレス候は馬首を巡らし、走り去ろうとする。
「残念だけど、逃がさないよ。」
次の瞬間、エナーレス候の目の前に巨大な蜘蛛が現れる。
巨大な蜘蛛の出現に馬はバランスを崩して倒れこむ。
「蟲使いか!」
護衛のひとりが叫ぶ。
「ご名答。正確には"蜘蛛使い"だけどね。」
そう言うと、
「それで、どうするんだい?あんたたちのご主人様は、もう縛られちまっているようだけど?」
護衛たちは、降伏を選択した。
エナーレス候の捕縛により、クラーゲンフルト平原の戦いは終結した。
トモエの残念ぶりが出てきてしまった