クラーゲンフルト平原の戦い 前夜
クラーゲンフルト平原。
平時であれば、オスト王国の王族・貴族たちが狩猟場としていた場所である。
また、平原とはいうものの、実際にはかなり起伏があり、狩猟の獲物となる動物もたくさんおり、それこそ季節ごとに違った獲物を狙うという楽しみがある。
だが、この日は違う。
龍王国軍1万5千余と、オスト王国貴族連合軍3万が、早朝から対峙していた。
前日の夜には、互いにその篝火等によってその存在を確認していた。
龍王国軍は夜襲をあえて行わず、貴族連合軍は夜襲を企図したもののできなかった。
「私なら夜襲をかけるのですが・・・」
とはスティールの言葉である。
「俺でも夜襲をかけるさ、統率が取れているのならね。」
これはリュウヤの言葉。
不思議そうな顔を見せるスティールをはじめとする者たちに、リュウヤは説明する。
「これが国軍なら、それなりには統率が取れているから、夜襲も選択肢に入れられる。」
正面に2万の兵を置き、残り1万を後方に回り込ませて攻撃する。
地の利は確実に向うにあるのだから、成功の確率は当然高い。
「ただ、残念ながら貴族たちの私兵の集合体だからな。どんなに勇ましいことを言っていても、自軍の消耗は減らしたい。そして、他人の消耗は増えて欲しい。そうすれば、宮廷内での発言力が増えるかもしれない。
そうならなくても、そこに隣接する領主の力が消耗すれば、わざと小競り合いを起こしてその領土を掠め取れるかもしれない。」
「なんとあさましい。」
トモエの感想である。
「だけど、もうひとつの可能性の方が高いかもな。」
「もうひとつとは?」
グィードが尋ねる。
「あちらの盟主が、配下の貴族たちがデカイ手柄を立てるのを嫌った、ってことだよ。」
盟主自らが別動部隊を指揮するわけにはいかない。すると、どうしても別の貴族が指揮を執るしかなくなる。
その場合、別動部隊の指揮を執るのはある程度以上の家格のある者になる。
そのような者が手柄を立てればどうなるか?
爵位の上昇は当然だろうし、同じ派閥の中でも発言力が大幅に増加してしまう。
同じ派閥の中に、強力な競争者を生み出しかねないのだ。
「あの、パウル・ゲーデルという男の話では、あの軍の盟主エナーレス候とやらは、先が見えるわけでもなければ、器量・度量ともに大きくはないそうだからな。
おそらくは、"大軍に駆々たる戦術は必要ない。正面から叩き潰せば良いのだ"なんて言っていそうだ。」
そう言って、前夜の軍議を締めくくる。
軍議を解散させた後、リュウヤはトモエを呼び出しあることを命じる。
「龍人族全員と、ナスチャも連れて行くといい。」
「少々、物足りなくは思いますが、存分に働いてきましょう。」
トモエはそう答えると、早速準備に取り掛かる。
一方の貴族連合軍はというと、まさにリュウヤが語っていた状況になっていた。
敵が陣を構えていることを篝火で知ると、夜襲を進言する者が現れたのだ。
それに同調する者も多く、当初はそうなりかけたのだが、
「それで、誰がその別動隊の指揮官になるのです?
もし、そこで敵の王を討ち取るか捕らえるかしたなら、さぞや凄まじい武勲として、後々の世まで語り継がれるものとなりましょう。」
クルト・トゥシェク男爵のこの言葉が、貴族連合軍に参加している者たちに野心を呼び起こし、救国の一念で団結していたはずの纏まりを崩壊させてしまった。
「別動隊は自分が!」
「いや、私こそ家格といい相応しい!」
などと口々に、それこそエナーレス候にしてみれば喚きたてられて、聞くに堪えない。
「ええい!大軍に駆々たる戦術は必要ない。正面から堂々と叩き潰せば良いのだ!さすれば、貴公らも平等に手柄を立てる機会があるというものであろう。」
その一言で混乱はある適度は治った。ただし、今度は誰が一番武勲を立てられると思われる先陣を切るかで、混乱するのである。