派閥争い
オスト王国の宮廷は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
国軍の5割に達しようという戦力を派遣したにもかかわらず、大敗を喫したのだ。
混乱しないわけがない。
凶報はさらに続く。
龍王国から大軍が進発したという。
多種族国家らしく、龍人族、ドヴェルグ、ドワーフ、エルフ、両アールヴ、人間族の混成軍。しかも、イストール王国からも軍が派遣されているという。
どう対応するべきか・・・。
「残る全軍をもって戦うべきだ!!」
そう主張するのは、エナーレス候フェルデナンド。建国以来の名門貴族である。
「馬鹿を言うな!それで敗れたらなんとするのか!!」
反論したのも建国以来の名門貴族、ラスカリス候ジークムンド。
武のエナーレス候と政のラスカリス候。このふたりがオスト王国の貴族たちの二大巨頭であり、互いに牽制しあうことで、宮廷内のバランスが取れていた。
だが、今回の件でそのバランスが崩れようとしている。
無論、それはエナーレス候の派閥の弱体化という形で。
エナーレス候としては、それは断じて許容できるものではない。ならばどうするのか?
軍事的に失ったものは軍事的に取り返すしかない、そう決心していた。
その一方でラスカリス候は、対抗派閥であるエナーレス候の力の弱体化は嬉しいのだが、それによってこのオスト王国の安定を脅かされては困るのだ。
彼は、自分の権力はこのオスト王国があってのものであることをよく理解していたのである。
だからこそ、エナーレス候の軍事的冒険とでもいうべき愚行を止めなければならない。
エナーレス候の力の弱体化は望むが、弱体化し過ぎては困るのである。
「すでに国軍のほぼ半数を失った。これ以上失えば、他の国々より守ることはできなくなるではないか!」
国境守備隊などをかき集めれば、3〜4万くらいは動員できるかもしれない。だが、その間に攻撃を受ければ、文字通りにあっという間に国境を破られ、蹂躙されてしまう。
「国軍を動かさなくとも、我ら貴族の私兵がおる。それを使うだけのこと。」
エナーレス候は周囲の貴族たちを見回し、
「よもや、この国難に兵を出し惜しみするものはおるまいな?」
この言葉に勢いづく主戦派貴族たち。
「断る。」
ラスカリス候は、主戦派貴族の狂熱に真っ向から拒絶に言葉を浴びせる。
「やりたくば、お主らのみでやればよかろう。我らは、これ以上の国難を望まぬ。」
この言葉にエナーレス候は吐き捨てるように、
「この敗北主義者どもが!」
そう言う。
「我らが敗北主義者ならば、お主らは破滅主義者ではないか!」
ラスカリス候も負けてはいない。
舌戦がなおも続こうとしたとき、これまで沈黙していた国王アルボ2世が言葉を発する。
「それならば、政戦両構えでゆけばよかろう。」
ラスカリス候は思わず絶句する。アルボ2世からしてみれば、双方の意見を取り入れた折衷案、もしくは妥協案かもしれないが、この状況では完全な愚策でしかない。
片手で剣を突きつけ、もう片方で講和をなどと言って、誰が信用などするものか!
アルボ2世に考え直すよう具申しようとしたが、先にエナーレス候が宣言する。
「陛下の裁可は下った。戦に望む者は、すぐに準備を整えよ!」
主戦派貴族たちは一斉に動き出す。
こうなってはもう止められない。
「貴殿らがやりやすいようにしてやるから、楽しみに待っておるのだな。」
もう勝利したかのように、ラスカリス候の耳元で囁く。
その言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を見せているラスカリス候だが、
「それはどうも。楽しみにしておりますよ。」
そう皮肉を返すのがやっとだった。
翌日、主戦派貴族たちは私兵を率いて出撃する。
その数約3万。
数字だけをみれば立派なものである。
ラスカリス候は、いくら反対していたとはいえ、礼儀として見送りに出たのだが、国王アルボ2世は見送りにも出ることなく、王宮の奥に引っ込んでいた。
元々、アルボ2世は面倒なことから逃げる事が多く、今回も裁定も、考えあってそうしたのではなく、これ以上面倒なことになって欲しくないからと、それだけである。
それが、より大きな面倒になることを考えもせずに。
「陛下は今頃、何をしていらっしゃるのでしょうか?」
ラスカリス候の側近アルヌルフ伯コンラートの問いかけだが、
「どうせ、後宮で遊んでいるのだろうよ。」
この場合の"遊んでいる"とは、"淫蕩に耽っている"と同義である。
「陛下はわかっておらぬのだ。そのような事ができるのも、国の安定があってこそなのだということを。」
大きく嘆息する。
戦いを選択しながら講和を探る。
なんと矛盾し困難なことか。
ラスカリス候は、再び大きく嘆息していた。
敗北主義。
敗北間近になると、講和を模索する人々に対してこういうことを言う人が現れるんですよね。
で、そういうことを言う人の言う通りにすると、破滅に向かってしまう。
戦前・戦中の日本の軍部なんかその典型ですね。
また、そういう輩は声が大きいだけでなく、生半可に武力を持っていたりするから、益々タチが悪い。