5%の法則
マティアス麾下の軍がギュッシングに接近する。
「ギュッシングに火の手が上がっております!」
斥候として出した者が報告する。
確かに、遠目からでも煙があがっているのがわかる。
「それから、敵兵及び住民が見当たりません。」
「それは城壁の周辺のみか、それとも中に入って確認したのか?」
クルト・カレルギー将軍が斥候に確認する。
「中に入ったのですが、敵兵及び住民は見当たりませんでした。ただ、一部の建物からは人の気配がありましたので、伏兵があるかもしれません。」
罠があると考えるのは、至極当然のことだ。
「では、先行部隊を選抜し、調査せよ。また、本隊はこのまま敵の奇襲に備えよ。」
リーツェン候マティアスの指示は、通常であればとても常識的であり、理に適ったものであった。
だが、今回はその常識的なところをエストレイシアに狙われたのである。
2時間ほど経過して、城内の建物の中の気配は、捕虜となっていた者たちであることが判明する。
皆、武装解除されただけでなく、手足を縛られていた。
また、その者たちの証言から、前日の夜からその状態であり、敵軍の気配も、その頃から無かったのだという。
また、あがっていた火の手は、糧食を焼き払っていた跡だということも判明した。
捕虜となっていた者たちの状況は、縛られたままだったため、その場に糞尿が垂れ流しになっており、昨夜から飲食できていないため、餓えと乾きに苦しんでいるという。
その報せを受けたマティアスは、全軍を入城させて、救出に当たらせる。
これは、慈悲というだけでなく、回復すればそのまま戦力として吸収できるという思惑もある。
ほんの一昼夜弱の餓えと乾きなのだ。回復にはたいして時はかからない。
ただ、この捕虜となっている者たちに、わずかな違和感を感じてはいた。
それは、このような状況になっていると、大抵は抵抗したり縄を解いて脱出を図ったりするものだが、そのようなことを企てた者が見当たらなかったことである。
そして、捕虜となっていた者たちからもたらされた情報がひとつ。
指揮官をはじめとする士官クラスの者たちと、兵300名ほどが別の場所に連れて行かれたということ。
「指揮官や士官クラスはわかるが、兵はどういう基準で連行したのだ?」
ヨッヘン・ファウベルの疑問だったが、それに答えられる者はひとりもいなかった。
ギュッシングから離れた小高い山にて、龍王国・セルヴィ王国連合軍は、オスト王国軍の様子を見ていた。
「想定通りの動きだな。」
シニシャが呟く。
その呟きを、アルカンは面白くなさそうに聞き流している。
作戦の全容をシニシャから聞かされ、渋々理解したものの、やはり多くの部下の血を流して得たギュッシングを、一時的とはいえ放棄するのは納得がいかないのだろう。
「それにしても、捕縛した兵どもがよく脱走しなかったな。」
シニシャの疑問。
「人間というもの、いや、群れを成す全ての生き物には、必ず5%の割合でリーダーになり得る個体が存在する。だから、その5%を取り除いたのだ。」
「それはアールヴの知識か?」
「いや、リュウヤ陛下だ。」
その言葉に、シニシャたちセルヴィ王国軍幹部は驚きを隠せなかった。
5%の法則、もしくは1/20の法則と呼ばれるものの存在を知っているだろうか?
生物には5%の割合でリーダーになり得る個体が存在すること、それは知られた知識ではあった。
この法則が人間にも当て嵌まることが知られるようになったのは、朝鮮戦争(1950年6月25日〜1953年7月27日)による。
中国義勇軍(実態は義勇軍とは違い、正規軍)により捕虜となった連合国軍兵士が、脱走や反乱を起こさないのはなぜか、そう訝しんで調査したところ、そういったことを企図しそうな者たちが、別の場所に隔離されていたを突き止めた。その割合が5%だったのだ。
中国軍はその5%を選別し、別の場所に隔離する事で脱走や反乱を未然に防いでいたのである。
「機会があれば、その選別方法を教えてもらいたいね。」
「陛下の許可をいただければ、かまわない。」
エストレイシアの言葉に、シニシャはリュウヤへの絶対的な忠誠を感じ取る。
どうしたらここまでの忠誠を得られるのか、あの男に聞いてみたいものだと思う。
そのシニシャを無視して、エストレイシアは口にする。
「夜半に作戦を開始する。それまで皆を休ませておけ。」
「わかった。」
それを合図にしたかのように、両軍幹部は解散する。