ギュッシング城下の戦い 後編
アルカンらは、オスト王国軍の対応の早さに冷たいものが首筋に流れるのを感じていた。
オスト王国軍は、アルカンらが想定したよりも老獪であり、対応も素早かった。
それは、アルカンの豪勇を持ってしても、打ち破れるものではなかった。
あと兵が1千もいれば、そうも思うのだが、それは無い物ねだりでしかないことを理解している。
「こうなったら、敵の本陣を目指して突撃してやろうか。」
そう考えて向き直ったときに、その変化が起きた。
敵後方に無数の火球が押し寄せてきたのだ。
それが何なのか、見当もつかなかった。
それが何なのかわかったのは、押し寄せてきた火球が炸裂し、混乱したオスト王国軍兵士の叫びを聞いた時だった。
「敵襲!!背後から敵襲だ!!!」
敵襲?
敵に敵襲?
「味方だ!援軍が来たぞ!!」
アルカンは思いっきり大きな声で叫ぶ。
その言葉の意味が、徐々に味方の頭に入り込んで行く。
待望の援軍!
落ちていた士気が、いやでも高まる。
その一方で、オスト王国軍指揮官であるヴァイゲル子爵は失望を禁じ得ないでいた。
一方の指揮官であるマティアス候が、自分の相手を取り逃がしたことを報せなかったこと。
そして、その敵を火球の魔法の射程距離に入り込んでくるまで、誰も気づかなかったことに。
火球の魔法の射程距離、通常の使い手で約100メートル。
そこまで龍王国軍が接近できたのは、龍王国軍の編成そのものに理由がある。
それは、元々が魔法使いが多かったことである。
特に、精霊魔法を操るエルフと両アールヴの存在が大きい。
風の精霊に働きかけることにより音を消し、アールヴが展開した幻術魔法で誤魔化す。
また、ギュッシングに至るまでに警戒のための兵が配置されていなかったことから、自分たちが来襲するとは思ってもいないことが類推された。
それは事実であり、それがためにもう昼に近い時だというのに奇襲に成功したのだ。
もうひとつの要素をあげるならば、オスト王国軍にとって予想以上に奮戦したアルカンら虎部隊の存在だ。
彼らがここまで持ちこたえなければ、エストレイシアの奇襲は成功しなかったに違いない。
「突入じゃあ!!」
火球の魔法によって空いた敵陣の穴に向け、ドワーフらが戦鎚を携えて突入する。
それを援護するべく、エルフは弓を構えて矢を放ち、リョースアールヴは敵陣に魔法を叩き込む。
エストレイシア自らが指揮を執るデックアールヴたちは、ドワーフが突入した穴をさらに広げにかかる。
「さあて、俺たちもそろそろ行くぜ。」
満を辞してオスト王国の左翼へと攻撃を仕掛けたのは、アカギたち龍人族。圧倒的な戦闘力で、オスト王国軍を蹴散らして行く。
その脇を通ってセルヴィ王国軍を救援するべく、シニシャ率いる人間族の軍が突入した。
この軍は、元々はコジモが指揮していたのだが、平時であればともかく、実際の戦闘ではあまりにも経験が不足しているため、臨時にシニシャが指揮を執ることになったのだ。
コジモもまた、自身の未熟さを理解しており、指揮権をシニシャに委譲することに異存はなかった。
本来、アルカンの上官であるシニシャも部下に劣らぬ勇猛さを見せている。
総鉄製の重い長槍をこともなげに振り回して、オスト王国軍を薙ぎ倒していく。
そのシニシャから少し離れたところで、コジモは懸命に剣を振るっている。
強敵は、補佐役としてつけてもらったふたりのデックアールヴが近づけさせない。どうやらこのふたりは、コジモの力量を測りながら、それ相応の敵のみを通しているようである。
「コジモ殿、無理はされぬよう。」
懸命に剣を振るっているコジモには、どちらのデックアールヴの声かわからぬが、
「わかりました。」
そう返事を返す。
その様子を視界の端に捉えながら、シニシャはより深く敵陣に入り込んで行く。
そして、
「殿下!!」
シニシャを見つけたアルカンが、大声をあげながら駆け寄ってくる。
「久しいな。だが、久闊を叙するのは、この戦いを終わらせてからだ!」
「はっ!」
シニシャ指揮下の15百人と虎部隊は合流すると、猛然とハース将軍の本隊に襲いかかる。
これまで、幾たびもの想定外を退けてきた老将も、ついに支えきれなくなり始めてきていた。
「これまでか。」
ハース将軍は、ヴァイゲル子爵の本隊に合流を目指し、徐々に自軍を後退させていく。
また、周囲の兵士にも呼びかけ、本隊に合流させるべく自ら殿軍を務める。
腹を括った老将の指揮は、堅牢だった。
襲いかかる龍王国・セルヴィ王国軍を懸命に食い止め、味方を逃がす。
だが、それも長くは続かなかった。
左翼を蹴散らしたアカギらが加わったからである。
さしもの、ハース将軍の老獪な指揮も、龍人族の圧倒的な個の戦闘力の前に為すすべがなかったのである。
一時間後、オスト王国軍は降伏を選択した。