動き
「半日稼げればいい方だと思っていたんだがな。」
丸1日の時間稼ぎに成功したアンセルミらは、龍王国への道を急いでいた。
これは、土人形を使役した存在が、エストレイシア率いる本隊と違う方向に逃げることで、僅かでも撹乱するのが目的である。
そこは敵もさる者で、ひっかからなかったのだが。
それはそれで、アンセルミらは悠々と龍王国へと戻って行く。
リュウヤへ現状報告のために。
アンセルミの飛ばした風の精霊による伝言
を受け取ると、エストレイシアの表情はわずかに緩む。
「何か良い報せでもあったのか?」
エストレイシアの様子を見て、シニシャが話しかける。
「アンセルミがやってくれた。丸1日、時を稼ぐことができた。」
「ほう!それは重畳というべきだな。」
「まったくだ。それで、貴方の方の首尾はどうなのだ?」
「うまく、ギュッシングを包囲させることに成功したそうだ。」
「それも、良い報せだな。」
「ああ、第一段階終了ってところだ。」
ふたりはニヤリと笑う。
「では、第二段階へと移るとしよう。」
エストレイシアは各隊長へ指示を出し、行動に移る。
目指すはギュッシング。
そこでオスト王国の者たちは知ることになるだろう。
龍王国を敵に回すことの愚かさを。
アルカンとその麾下の部隊は、ギュッシングで籠城戦の構えをみせる。
立て籠もるのは、虎部隊を中心とした3千。
ビナ指揮下の騎兵1千は、ギュッシングに入らずに遊撃の位置につく。
籠城戦において、騎兵はあまり役に立たないため、わざと外に出しておき、敵の後方の撹乱をはじめ、神経戦に入らせる。
そしてビナ指揮下の騎兵1千は、その役割を見事に担っていた。
「厭らしい動きをしてくれるな、あの騎兵どもは。」
ヴァイゲル子爵は苛立たしく、吐き捨てるかのように口にする。
夜襲を仕掛けてきたり、また夜襲をかけるフリをしてみせたりと、こちらの神経を逆撫でするような行動をしてくる。
「あの騎兵どもの動きを封じねば、兵を休める事もできん。」
一方的にやられるのではなく、敵騎兵を討つべくこちらも騎兵を出して対応させてはいるのだが、なかなかうまくいかない。
うまくいかないのも無理はなく、敵はこちらを監視していれば、その行動が丸わかりなのに対して、こちらは敵騎兵を探すところから始めなくてはならないのだ。
しかも、このコスヴォル地方は元々セルヴィ王国の領土だったのだ。
住民のなかには敵に通じている者もいる。
その敵に通じている者を見せしめにする、そんなことも考えてはみたのだが、追い払った後の統治を考えるとなかなか踏み切れるものではない。
「敵はどこからでも現れることができるのに、我々はそうはいかない。難儀しますな。」
騎兵隊指揮官クルト・ギュルダンは嘆息する。
即応するために騎兵隊を待機させているのだが、それも長くは続けられない。
早急に敵騎兵を撃ち破るか、ギュッシングに籠るアルカンを討ち取るか。
それとも・・・。
「一旦、ヴァイツまで退がる。」
ヴァイゲル子爵の言葉に、ハース将軍以外は息を飲む。
「それでは、敵をみすみす逃すことになりませんか?」
ギュルダンの発言だが、この場にいるほとんどの者の疑問でもある。
「そうなるかもしれんな。」
ヴァイゲルの返答に色めき立つ部下たちだが、ハース将軍だけは違った。
「ギュッシングに籠る者共を、誘き出すのが狙いですな。」
「そうだ。」
ハース将軍の問いと、それに対するヴァイゲル子爵の返答に部下たちは沸き立つ。
ヴァイゲル子爵は部下たちに、その考えを説明しはじめる。
その夜、オスト王国軍の陣の一部より炎が上がる。
アルカンはそれを城壁の上から見ている。
「何があった?」
そう呟く。
「ビナの隊の攻撃、というわけではなさそうだな。」
アルカンの呟きに応じるようにゴランが言う。
ビナの隊が攻撃しているのなら、もっと大騒ぎになっているはずだ。
それに、あの炎が上がっているあたりは・・・。
「あの辺りは、密偵の報告によれば兵糧を備蓄している場所じゃなかったか?」
ゴランは密偵の報告を頭に浮かべながら、怪訝な表情をみせる。
ビナの隊の嫌がらせが効いている、ということなのだろうか?
それにより、兵の集中力が切れて失火を出した・・・。
「もしそうなら、明け方あたりに一旦退くかもしれんな。」
鎮火した後、被害状況の確認。
その被害次第では、一旦ヴァイツあたりまで退がって態勢を立て直すだろう。
「ところで、お客さんの到着はそろそろじゃなかったか?」
「ああ、もう近くまで来ているそうだ。」
「そうか。」
アルカンは炎に照らしうつされる、オスト王国軍の様子を見続けていた。