親子
本来なら外伝扱いの話です
リュウヤがジゼルを案内役として借り受けたのは、聞きたいことがあったからだ。
「なぜ、一騎討ち中に突入してきた?」
普通に考えれば、"父を助けるため"なのだろう。だが、リュウヤはそれだけではない何かを感じていた。
シヴァの広い背中、ジゼルはリュウヤの隣にいる。
「養父上を助けたい、その一心からです。」
模範解答というところだ。
「それだけには思えなくてな。なぜそう思ったのか、そう聞かれても、うまく言葉にできないんだけどね。」
ジゼルは驚いてリュウヤを見る。
「普通の親子関係には見えない。君がなにか負い目を感じていて、それを晴らしたいが為の行動、そんなところかな。」
ああ、敵わないな、この人には。自分の心を見透かされている。完全に。
ジゼルは自分のデュラスへの想いを話しはじめた。
ジゼルはデュラスの実子ではない。だからといって無関係というわけでもなく、ジゼルの実父はデュラスの曽祖父の弟の家系に連なる。その妻がジゼルの母だった。
元は爵位を持つ家系とはいえど、そこまで傍流となると、元が大貴族でもないかぎり貴族とは名ばかりの下級貴族になる。ありていに言ってしまえば"貧乏貴族"というところだ。そして、母は平民の出身だった。
実父はデュラス男爵の元、少しずつ武勲を重ね、百人長に抜擢される。その頃、ジゼル自身もデュラスに出会う。まだ、3歳くらいの頃だ。とても良くしてもらえたことを、幼いながらに覚えている。
この頃から実父の俸給もあがり、生活も楽になりはじめていた。
"好事魔多し"というべきか。そんな時に実父は戦死した。隣国との戦いで。
戦闘自体は、イストール軍の圧勝だった。ただ、圧勝とはいえ損害が無いわけではない。この時の戦いにおいて、最激戦区になったのがデュラス麾下の部隊がいた地点だった。
デュラス麾下2千名。そのうち死者160余名、負傷者600名以上という、実に四割達する損害を受けながらも戦線を維持し続け、イストール王国の勝利に導いた。ただし、ジゼルの父は死者の列に並んでいた。
後にデュラスから聞いたところ、ジゼルの父は崩れそうになる戦線を維持するべく、自身が奮闘するだけでなく周囲を叱咤激励し、指揮下の百名の兵士とともに東奔西走していたのだという。そして、負傷者を後送させるために戦っていたところを、流れ矢に当たったのだという。その死の間際も、自身のことではなく、後送した負傷者のことを案じていた。
戦後、いくらかの一時金を支給されたが、生活は困窮することになった。
ジゼルの母は、いくつかの仕事を掛け持ちしながら育てた。
その困窮ぶりをデュラスが知ることができたのは、デュラスが戦死した部下の弔問を他人に任せず、ひとりひとり行っていたからだった。
戦後処理を終わらせてからの弔問だったため、かなり遅くなってはいたが。
ジゼルの家に来訪した時、デュラスは驚いていた。
そこには幼いジゼルしかいなかったから。
幼いジゼルから話しを聞き、遊び相手になっていたときに、ジゼルの母は帰宅した。
再び、デュラスは驚いた。以前に見たときと、様子があまりに違っていたから。慎ましい生活ながらも、整えられていた髪はボサボサになっており、手は酷く荒れている。元々細かった身体は、一層細くなっていた。
最初は頑なに話そうとはしなかったが、粘り強く話しを聞くと、その困窮ぶりに驚いた。
亡夫の使用していた装備、愛馬は相当に生活を切り詰めて購入していたようで、そのため蓄えも少なかった。
デュラスは得心がいった。その身分の割に良い装備、乗馬だったのは、妻の献身によるものだったのか、と。
その健気な献身ぶりにうたれ、援助を申し出るが、あっさりと断られてしまう。
「自分たち母子に援助をしていることが知られれば、少なくとも今回の戦の戦死者家族、その全てに援助をしなくてはならなくなりましょう。そうなれば、いかに男爵家の財力といえど、すぐに破綻してしまうでしょう。」
と。
言われてはっとする。たしかにその通りだと。
そして、このときデュラスはこの女性に惚れ込んだ。
時間を作っては逢いに行き、少しずつ距離を縮めるだけでなく、戦死者家族の生活を調べあげ、その生活を安定させるための基金を作るようラテール五世王に奏上する。
この奏上でデュラス男爵は、たんなる武辺者ではないと評価を上げることになる。
基金が設立されると、デュラスは後添えにとジゼルの母に求婚する。
しばらくは断り続けていた母も、次第にデュラスの熱意にうたれ、その求婚を受けることになった。
それが6年前のこと。
そして、今回の出兵の前に母の懐妊が発覚したのだ。
自分の領地よりも王都の方がいい医者がいるからと、王都に所有している屋敷に移ったところ、ラムジー四世の出兵に巻き込まれてしまったのである。
そして母の懐妊がジゼルの立場を微妙なものにした。
母の懐妊はジゼルにとっても喜ばしい反面、デュラス男爵家の家督相続に暗い影を落としかねない。
尊敬する養父、デュラスにそんな苦労はかけたくもなく、あの場で死んだとしても、デュラスを助けられれば本望だった。
そこまで聞くと、リュウヤはジゼルの頭に拳骨を落とす。
思わぬ一撃に頭を抑えるジゼル。
「おまえはデュラスという男を見くびりすぎだ。」
ジゼルはリュウヤを見る。
「あの短い間でしかないが、お前が死んだらデュラスがどれほどの悲しみにくれるか、俺でさえわかる。」
かつては可愛がっていた部下の、今では愛しい妻の子。たとえ自分と血の繋がりが無かろうと、デュラスにとってジゼルは我が子なのだ。
「ジゼル、君はいまいくつだ?」
「13になります。」
「13歳にしては、分別がありすぎだな。君はもっとデュラスに甘えろ。そして頼れ。その方が、デュラスにとっても嬉しいことだろうよ。」
デュラスにしても、父としてしてやりたいことはたくさんあるだろう。だが、ジゼルが遠慮していては、それができなくなってしまう。
だから、
「もっと、デュラスに父親顔させてやれ。」
ジゼルは驚いた顔をしていたが、やがて大きく頷いた。
そのやりとりを、背後にいる龍人族のふたりは感心しながら見ていた。