合流へ
混乱しているとはいえ、オスト王国が迎撃のための兵力を差し向けてきたことを、エストレイシアは本陣に張った天幕の中で聞いていた。
その場には、昨夕に合流したシニシャもいる。
シニシャの合流、エストレイシアは当初は間諜の類ではないかと疑っていたのだが、カスミの念話を通してリュウヤに確認を取ったところ、新たに麾下に入ったものであることを知り、また、セルヴィ王国の"元"王弟であるとして幕下へと招じいれたのだ。
「迎撃のために兵を繰り出してきたか。」
斥候として出ていた兎人族の報告では、1万〜2万という。
自軍はシニシャらの率いてきた兵300に合わせて、新たに龍王国から派遣された200を加えて2千。
敵が2万だとすれば、こちらの10倍ということになる。
「混乱はしていても、敵は無能ではないということだな。」
用兵の基本は、敵より多数の兵を用意すること。
少なくともその基本に則り、派兵するというのは無能な者のすることではない。
無能な者であれば、こちらを侮って同数以下の兵か、よくて倍程度の兵を繰り出していただろう。
そして、戦力の逐次投入という悪循環を招いていただろう。
「小規模都市とはいえ、フィラハを簡単に落としてしまいましたからな。」
とは、エルフのアンセルミの言葉。
アンセルミはかつて、エストレイシア指揮するデックアールヴと戦っている。
そのため、エストレイシアの指揮能力の高さを知ってはいたが、味方としてみるとこれほど頼もしいものはない。
「あんなもん、こちらは本気にもなっておらんぞ。」
とはドワーフのカマラ。
突如攻められた混乱に乗じて、一気に攻め込んだのだから、たいした戦闘にはなっていない。
「コスヴォル地方の状況はどうだ?」
エストレイシアは兎人ラニャに確認する。
「先程、ペテルから確認しましたが、コスヴォル方面へ約1万の兵が派遣されたようです。」
ラニャが、、なんとかそれらしい言葉使いで答える。
龍王国に来るまで、戦場に来ることなどなかったから、こういう場での言葉使いはもちろん、雰囲気にも慣れていない。
「シニシャ殿、コスヴォルに出ている貴公の知り合いという者の部隊は、如何程なのか?」
エストレイシアに尋ねられたシニシャは、
「最小で2千。最大で5千ほどですな。」
アルカンならば、間違いなく基幹部隊である虎部隊全軍2千は出す。
後は、それに呼応する者たちが現れるかどうかだ。
シニシャは、ヴァルザルに駐屯している各隊の指揮官を思い浮かべる。
そこで騎兵隊1千の指揮官、ビナの名を思い出す。
アルカンの親友であり、勇猛さにおいてアルカンと比肩しうる男。
そしてもうひとり、ダニロ。
アルカン、ビナに比べて慎重な男。どちらかといえば、守勢の時に力を発揮するタイプ。
おそらくは、ダニロを残してコスヴォルへ攻め込んでいるのではないだろうか?
すると、3千から4千の兵力か。
「コスヴォルへ派遣したのが1万か。ならば、まずはセルヴィ王国軍と合流した方が良いか。」
エストレイシアが呟く。
合流すれば4千から6千の兵力になり、また、コスヴォルへ派遣されているオスト王国軍1万を先に撃破しておくことで、セルヴィ王国の離反を防ぐ目的もある。
これは、こちらが行かずにオスト王国軍を撃破されると、
「お前たちの手を借りることなく、コスヴォルを解放したのだ。だから、お前たちとの約束は守らない。」
などと主張される余地が出来てしまうのだ。
それをさせないためには、先に合流する必要がある。
「直ちに陣を引き払い、コスヴォルへ向かう。セルヴィ王国軍と合流し、まずはそちらに派遣されている敵軍1万を叩く。」
幕下の者たちは、エストレイシアに向け一礼し、命令を
実行するべく自らの隊へと駆ける。
そんな中、アンセルミが呼び止められる。
「アンセルミ、お前の隊にやってもらいたいことがある。」
エストレイシアは、アンセルミの耳元でいくつかの指示を出した。
「わかりました。」
エストレイシアの指示を聞くと、人の悪そうな笑顔を向けて、了解する。
「シニシャ殿。セルヴィ王国軍へ使者を出してもらいたい。」
龍王国軍の者では、セルヴィ王国軍は誰も顔を知らない。だから、シニシャに使者の派遣を求める。
「わかりました。その内容はいかがいたします?」
エストレイシアとシニシャ、ふたりはしばしの間、密談を行った。