裁定
ようやく、ドヴェルグ編ともいうべき話が終わる・・・
3日後。
岩山の王宮、廷臣の居並ぶ玉座の間にはダグとギドゥンをはじめ、アルナック村にいるドヴェルグ50名が招かれていた。
すでにリュウヤのことを知っているダグ、ギドゥン、バァル、サイダルの4人に驚きの表情はないが、それ以外の者たちは、この場にいるリュウヤにマテオ、ナスチャの顔を見て驚いていた。
「お前たちには、名を隠して会っていたな。」
リュウヤの言葉に、ドヴェルグたちは平伏していた。
「お前たちを呼んだのは、この間の申し出を受けてのことだ。」
ダグらと話した時のことを話すことで、本題を明確にする。
「だが、その前に確認しておく。そこにいるギイの下で働く意思に変わりはないな?」
「は、はい!名高きギイ師の下で働くのは、我らの望みです。」
若いドヴェルグが、緊張したように返答する。
「ギイ。受け入れの準備は整っているな?」
「はっ。整っております。ですが・・・」
その先の言葉は、リュウヤによって遮られる。
「ただし、ダグとギドゥン。お前たちふたりには別の役割を与える。」
思いがけない言葉に、ふたりは顔をあげてリュウヤを見る。
「お前たちには、アルナック村をはじめとする5つの村の代官として赴任してもらう。」
「なっ!?そ、それは・・・」
驚きの表情を見せて、リュウヤに何かを言おうとするふたりを、これもリュウヤの言葉が遮る。
「お前たちは、過去の経緯からこの地に留まり辛いのかもしれん。だが、それくらいのことに耐えられずして、遺族への謝罪もあるまい。」
そう言われると、ふたりには言葉も出ない。
「それに、馬鹿息子が再び悪さをせぬように、目の届くところに置いておきたいという者もいるからな。」
その言葉にムスッとするギイと、口元を隠しているアイニッキ。
ダグとギドゥンは、下を向いて涙を堪えている。
この地に、王宮に戻ることはできないかもしれないが、それでもこの地に留まることの許可が出された。
過去の経緯から、追い出されることすら覚悟していたふたりにとって、あまりにも大きな福音だった。
「お前たちは、多くの経験をしていよう。その経験を持って、かの村々をまとめ、統治せよ。」
リュウヤの言葉を聞いたドヴェルグたちの、その一部から
「わ、我々も、ダグさんらと一緒に残ります。ダグらの補佐をさせてください!」
「よかろう。ダグとギドゥン、ふたりと共に村々の統治に携わりたいというものは、この場にて待て。それ以外の者は、ギイのもとに行くがよい。」
この場に残ったのは15名。
その中にはバァルもいた。
残りはギイとともに、玉座の間から出て行く。
そして、残った者たちは王宮を出てアルナック村へと向かった。
廷臣たちも、玉座の間から出て本来の仕事に戻る。
残ったのはサクヤとアイニッキ、シズカとトモエ。
「俺にできるのはここまでだ。後は、ギイとアイニッキ、そしてあのふたり。家族次第だな。」
そう言うと、リュウヤは大きく息を吐く。
正直言って、まったく自分には似合わないことをしている。
「リュウヤさん、ありがとうございます、本当に。」
アイニッキはリュウヤに頭を下げている。
その目には涙が浮かんでいる。
シズカは小さく頷き、トモエは些か不満そうにしている。
「リュウヤ様。御尽力いただき、ありがとうございます。」
サクヤは、育ての両親とも言うべきギイとアイニッキの家族問題の、解決の端緒がついたことを素直に喜んでいる。
そうなると、トモエとしても不満を表に出せなくなった。
執務室にて、リュウヤは書類と格闘している。
本来なら、フェミリンスが処理していたはずなのだが、彼女はエストレイシアとともに出ており、その分、書類が溜まることになる。
さらに、急なオスト王国への出兵の書類上の処理もしなければならない。
そこへ、サクヤがトモエとシズカ、ナスチャの3人を連れてやって来た。
アルテアと、サクヤ付きの侍女ステッラがお茶を淹れる。
「陛下は甘い!!」
トモエがリュウヤに詰め寄るが、シズカに止められる。
「あの裁定は、最善のものだと思います。」
そうシズカに言われ、トモエは矛を収める。
「まったくシズカも・・・」
ブツブツと言うが、それ以上は言わなかった。
「そういえば、ナスチャは誰から文字を教わっているんだ?」
あの、身体を切られたミミズが激しくのたうち回ったような文字は、誰が教えたものなのか疑問に思っていたのだ。
通常であればレティシアか、または彼女と同じパドヴァ出身の少女たちだろう。ただ、彼女たちならば、元々が貴族の子女として教育を受けていたのだから、あのような文字を教えるわけがない。
「ああ、あれはトモエさまから教わった。」
大きく胸を張るナスチャ。
うん、ナスチャは悪くない。
悪いのは・・・
「トモエ、少し字を書いてくれないか?」
リュウヤの言葉を訝しむが、紙に書いてみせる。
それをリュウヤ、シズカ、アルテアが覗き込む。
うん、原因はトモエに確定。
「トモエ。これからは字を書く練習をするように。それから、ナスチャの教育はシズカに任せる。」
「では、トモエの教育は私がいたしますね。」
サクヤが嬉しそうに言う。
「ちょ、ちょっと待ってください。そういう陛下はどうなのですか?」
リュウヤは、元々この世界の住人ではない。
かつて始源の龍と魂の融合をした者たちと、記憶や経験を共有しているだけだ。だから当然、リュウヤも字が汚いと踏んだのだろう。
だが、リュウヤはあちらの世界で習字を習っていただけあって、とても綺麗な文字を書いてみせる。
それを、"信じられない"とでもいう顔で見ているトモエ。
「では、明日から1日千文字書きましょうね。」
ニコニコと笑顔を見せながら、サクヤは宣言する。
それに対して、普段は決して出さない情けない声をあげて、トモエはその場で崩れ落ちた。
色々と、登場人物増やしたからなあ。
それに伴って、話も膨らませたし・・・。