シニシャ
「あんたも人が悪い。ルシウスと名乗っておきながら、その実、リュウヤ陛下その人だとは。」
大きな身体を縮こませるように、シニシャは恐縮してみせる。
「こんなところで、おおっぴらに名乗れるとでも思うのか?」
「無理でしょうな。」
実にあっさりと、シニシャは答える。
「狂人だと思われて、通報されるのがオチでしょうな。」
そう続ける。
「狂人で済めばよいがな。」
ヘタに王や王族を名乗ればどうなるか?
それを知るにはよい事件が江戸時代に起きている。
8代将軍徳川吉宗の御落胤と称した「天一坊事件」がある。
この天一坊、実際には御落胤などではなかったのだが、捕らえられて斬首されている。
リュウヤを捕らえることができる者がいるかは疑問ではあるが、ろくに供を連れていない状況で名乗るのは、かようにリスクがあることなのだ。
「それでシニシャ。お前がしたい話は、こんなところでしていい類のものなのか?」
その言葉にニヤリと笑う。
「できるものではありませんが、その機会を作っていただけるので?」
「俺はこれから王宮に戻るが、ついてくるなら話をする時間はあるな。」
「ならば、お供させていただきましょう。」
森の入り口にある詰所に行くと、すでに馬車が用意されており、それに乗り岩山の王宮へ向かう。
その馬車の中で、リュウヤはシニシャの話を聞く。
「改めて名乗らせていただくが、俺はシニシャ・ニコラエブナ。セルヴィ王国の元王弟だ。」
「元王弟?」
「出奔したんでな。」
王族としての地位を捨てた、そういうことらしい。
だが、気になるのは、
「出奔の理由は?」
考えられるのは、"王宮内の権力闘争に嫌気がさした"というところだ。
もしくは、"王位継承争いに敗れた"ということもあり得る。
「表向きは、権力闘争に嫌気がさした、となっておりますな。」
表向きは、か。
「ならば、本当のところはなんだ?」
「セルヴィ王国の、後ろ盾となってもらえる国を探すことです。」
「?」
その言葉が本当なら、自ら属国となることを選択しているということか?
すると問題はその理由となる。
「セルヴィ王国は、その国境を南はオスト王国、東方はオスマル帝国と接しております。そのふたつの大国と抗するためにも、力ある国の後ろ盾が必要なのです。」
特にオスト王国とは、国境を巡る戦いが激化しており、セルヴィ王国にとって聖地ともいうべき地、コスヴォル地方を奪われており、その奪還が悲願となっている。
そのための後ろ盾としてシニシャが目をつけたのが、地域大国であるイストール王国の軍を退け、その後は友好関係を結んだ龍王国である。
そして、龍王国は国境を接するほとんどの国と火種を抱えている。
ひとつは移民の受け入れ。増税から逃げる先として龍王国は民たちから選ばれているのだ。そしてそれに関連するのだが、逃亡奴隷の駆け込み先として。
国境が確定していないこともある。
そしてなによりも、突然現れた新興の強兵国家への警戒心を呼び起こす存在として。
そこでシニシャは、傭兵としてこの地に入り、名を挙げることでリュウヤに接近することを考えたのだ。
「これでも、俺を慕ってくれる者がついてきてくれてな。それなりの戦力ではあるつもりだったんだが・・・」
自分の知らぬ間に、龍王国はオスト王国と戦端を開いた。
それに気づいていれば、陣借りしてでも参戦して功績を挙げ、コスヴォル地方奪還を目指していた。
だが、現実には戦いに参戦することができなかった。
そこでシニシャは方針転換して、リュウヤに直接接触を図ったのだ。
「そのコスヴォル地方奪還をしたとして、その見返りはなんだ?」
「我がセルヴィ王国の忠誠。そして、龍王国の東方の安定。そして・・・」
シニシャはここで一旦言葉を切る。そして、
「忠誠の証として、我が国の第一王女アナスタシアの輿入れ。」
そう続けた。
その言葉にリュウヤは内心で頭を抱える。
そういったことを提案されることを、予想はしていた。
だからといって、本当に提案されると頭を抱えたくなる。
いや、こういうことを想定していたからこそ、ヴィティージェらは法典に「側室に関する法令」を盛り込んだのだ。
それに反対していた、自分の不明を恥じる必要がありそうではある。
「第一王女の件は、ひとまず置いておく。だが、提案は受け入れよう。」
条件面を詰めるのは今後として、東方の安定は必須である。
獣人族の国と神聖帝国の戦い。獣人族を支援するためにも、また獣人族が敗れた場合のことを考えても、東方の安定は必須なのだ。
「ありがとうございます。」
シニシャは深々と頭を下げる。
「それから、参戦するならまだ間に合うだろう。今は、国境の砦を落としたところのようだからな。」
それを聞いてシニシャはニヤリとする。
「直ちに手勢をまとめ、参戦いたします。」
岩山の王宮に着くと、リュウヤに馬を与えられ、シニシャは馬を駆けて行った。