悔恨
「旅は長いものだった。」
ダグの体調に配慮しながらの旅。
たしかにそれは長い旅ではあったが、同時にふたりに慎重になることを教えるものだった。
「犠牲になった者たちのことを思えば、それに気づくのが遅すぎたというべきだがな。」
そう回想するギドゥン。
「この地を旅立つ時に、その慎重さが有ればと悔やんでも悔やみきれん。」
ダグの言葉。
若さゆえの万能感とでも言えばいいのだろうか?
なまじっか、知恵が回る者は周りが無能に見えてしまう時がある。
年長者が語る言葉も、ただのお節介やら説教くさいと感じることも、多々ある。
だが、そこには経験からくる問題解決のための"引き出し"があるのだ。
そのことに気づかないのが、若さでもあり、同時にそういった経験を超える行動力を発揮できるのも、また若さでもある。
「親父も、本当は年長者をつけようしてくれていたんだよ。だけど、あの時の俺たちにはその親心がわからなかった。ただの監視役をつけようしているのだろう、そう思ってたよ。」
だからそのことに反発し、まるで夜逃げでもするかのように仲間と、こっそりと旅立ったのだ。
父親であるギイの親心を知ったのは、戻る途中で度々出会った、かつてこの始源の龍の住まう地から旅立った同胞たちの口からだった。
彼らは、ギイが皆を旅立たせるときに、いかに骨を折っていたかをダグらに伝えた。
そしてダグとギドゥン、ふたりとギイを取り持とうとしようとしてくれた者もいた。
流石にそれは断ったが、彼らはそれならばと路銀をくれたり、また故郷に修行に出すという名目で、その子らを旅の共としてつけてくれた。
その結果、大人数になってしまうことで、かえって旅の足が遅くなってしまったのだが。
「陛下。俺たちと一緒に来た者たちを、どうか親父に紹介してやってはもらえないか?」
そうすれば、修行という名目が目的として成り立つ。
「お前たちはどうするのだ?」
リュウヤはそう問いかけながらも、その答えは予測していた。
「もし、許可をもらえるならこの村に居させてほしい。それが無理だというなら、パドヴァに住むことを許してほしい。」
戻って来た故郷。父母のいる地の近くに居たい、そういうことだろう。
「ということだそうだ。どうする、ギイ。」
リュウヤは、ダグとギドゥンの後ろの席に座っている人物に声をかける。
驚いて振り返るダグとギドゥン。
立ち上がったギイは振り返ることをせず、
「ふん!一緒に酒を飲もうというから来たのに、とんだ茶番じゃ!」
苛立ったかのように大きな声をあげる。
「で、どうする?」
「連れて来た者たちを受け入れるのはかまわん。じゃが、そのふたりだけはダメじゃ!!」
それだけ言うと、ギイはその場から大股で立ち去る。
それを慌てて追いかけるアイニッキ。
「母さん・・・。」
ふたりは小さく呟く。
少しだけ振り返ったアイニッキの顔は、昔となんら変わらないように、ふたりには見えた。
「あれで良かったのですか?」
アルテアが心配そうに言う。
「なんか怒ってるみたいだったよ。」
とはユーリャ。
リュウヤはふたりには答えずに、項垂れているダグとギドゥンに話しかける。
「お前たちも、まさか簡単に許されるとは思ってはいないだろう?」
「はい。ですが、現実にそれを確認すると、どうしても・・・」
どんなに最悪を想定していたとしても、実際にその最悪が訪れると愕然としてしまうものだ。
「受け入れ態勢が整い次第、使いをよこす。」
リュウヤはそう宣言する。
「そう長く待たせることはないだろう。かかって4〜5日程度だ。それまでは、ふたりもこの村に留まるように。」
「はい。わかりました。」
リュウヤが立ち上がると、同行していた5人だけでなく、4人とドヴェルグたちも立ち上がる。
酒場から出ると、ダグらはリュウヤに頭を下げて工房へと帰っていく。
「ギイって人、随分と怒ってるように見えたけど、大丈夫かな?」
ユーリャが心配そうに呟く。
「あれは怒っているんじゃない。怒っているように見せただけだ。」
あっさりとリュウヤはユーリャの見立てを否定する。
「怒っているようにみせることで、自分の感情の揺れを誤魔化しているんだよ。」
だから、ギイはふたりの息子の顔を見ようとしなかった。
見たらどうなるか、ギイ自身にもわからないから。
「そんなことをするなら、はっきりと見ちまえばいいのに。」
とはナスチャの言葉。
「そう単純なことではないんだよ。父親としてのギイは、ふたりを許したいだろうが、長としての立場を持つギイとしては、許すことはできない。」
許してしまえば、長としての自分の言葉を無視して旅立ったこと、それによって犠牲になった者たちへの示しがつかなくなる。
「めんどくせ。」
ナスチャの率直すぎる物言いに苦笑する。
「出世するってのも、タイヘンなんだな。」
「いつでも出世させてやるぞ?」
「お断りだね。」
リュウヤの有難い(?)申し出を、即答で却下するナスチャ。
「だけど、シズカがいて助かったよ。」
これはリュウヤの本心である。
シズカがここにいるというのは、ギイにはリュウヤの万の言葉に勝るメッセージとなる。
「ギイ様が、それをどう受け止めるか?そういうことですね。」
リュウヤが言葉を尽くして、あのふたりを許せと言っても、かえって態度を硬化させる。
だが、この場にシズカがいるということは、ギイにあのふたりを許してもいいのだと、そういうメッセージになり得るのだ。リュウヤが言うよりも、何倍も肯定的に。
「戻ったら大変だな。ギイとサシで飲まなきゃならん。」
「それは、ご愁傷様です。」
珍しいシズカの軽口。
ギイにあと一押しするにはどうすればいいか、そう考えていると、背後から声をかけられる。
それは、ニシュ村にいた傭兵シニシャだった。