アルナックの酒場
それぞれの調整が終わると、リュウヤらは連れ立って酒場へと移動する。
リュウヤら6人と、ダグ、ギドゥン、バァル、サイダルのドヴェルグ4人。
酒場の奥に案内されると、マテオが一旦席を離れる。
ギイとアイニッキに酒場の場所を伝えることと、もうひとつ、自分のロングソードを見せること。
もともとアルナック村では、この地に来たドヴェルグの鍛治師の能力を見るのが目的なのだ。
その鍛治師の作品である剣を見るのに最も相応しいのは、やはりギイしかいないだろう。
マテオが席を離れている間に、注文を給仕の女性に伝える。
「あの男を待たなくていいのか?」
ギドゥンが尋ねるが、
「かまわない。戻るのに時間がかかるだろうからな。」
「そうか。ならば始めさせてもらおう。」
アルテアとナスチャには、飲みやすい蜂蜜酒がだされ、他の者たちには葡萄酒が並ぶ。
ドヴェルグたちがまず酒に口をつけ、そしてリュウヤも一口、口に含む。
やはり、あちらの世界よりもアルコール濃度は低い。そして、味が若い気がする。
あちらの世界で、そんなに高級なものは飲んでいないが、それでもわかるほどだ。
熟成が足りないのか、または熟成というものを知らないのか。
ただ、熟成をするにも加熱殺菌をしなければ、すぐに悪くなってしまう。
それに、加熱殺菌を教えたとしても、すぐに受け入れられるわけではない。
特に、ワインなどのアルコール飲料の場合、沸騰させてしまうとアルコール成分が失われてしまうため、沸騰させない"低温殺菌"でなければならない。
この方法を確立したのは、フランスの細菌・微生物学者ルイ・パスツールだが、確立したからといってすぐに広まったわけではない。当初は、加熱することにより味が落ちると頑なに信じられており、なかなか広まらなかった。
ちなみに、日本では経験則から1560年頃から"火入れ"として行われていたという。
「また考え事かい?」
ナスチャの言葉で現実に引き戻される。
「ああ、どうやって葡萄酒の味を向上させようかってな。」
「それは面白そうな話だ。」
乗ってきたのはバァルだ。
若いドヴェルグだが、無類の酒好きというのは種族特性なのだろう。
だが、そのバァルを制するようにダグが口を開く。
「ルシウスさん。いや、リュウヤ陛下。」
その言葉にバァルとサイダルが驚く。ギドゥンが驚きを見せていないのは、すでにダグから聞いていたのか、またはダグと同じ様に、腰の剣の造りを見て気づいていたか。
「俺とギドゥンはいいが、他の若いドヴェルグたちを使ってやってはもらえぬか?」
それは、ギイに紹介してやってくれ、そういうことなのだろう。
「お前たちはどうするのだ?」
ダグとギドゥン。ふたりはこの地に残るのか、
「こいつらの親に頼まれたんだよ。ギイの元で修行させてもらえないかってな。」
ダグが口にする。
「それが決まったら、俺とギドゥンは別の国に行こうかと思っている。」
ナスチャの情報と照らし合わせれば、ある程度の想像はできる。
だが、それはやはりダグらの口から聞いておきたい。
「お前たちのことは、ある程度は聞いている。だが、俺がいない時代のことだ。お前たちの口から、直接聞いておきたい。」
そう言うリュウヤは視界に、ダグとギドゥンの背後の席に座る者を捉えていた。