対近衛兵
その場にいる者たち、そのほとんどが視認できるほど近くまで、リュウヤは近衛隊に近づいていた。
「何者だ!」
誰何する声が聞こえるが、それを無視して悠然と進む。
「ここにイストール国王、ラムジー四世陛下がおられることを知っての振る舞いか!」
発言者の顔を見る。
他の者たちと装備が違う。近衛隊のものではないのだろう。側近というやつか。だけど、馬鹿だねぇコイツ。そんなこと言ったら、大将首がここにいることを教えているようなものじゃないか。
「ならば、そのラムジー四世とかいうヤカラに伝えろ。降伏するか、さっさと軍を引いて帰るようにとな。」
昂然と言い放つ。
「ああ、追撃はしないから安心しろ。」
と付け加える。
「ヤツを討て!」
側近らしい男が、顔を真っ赤にして怒鳴っている。
その怒声に弾かれるように、近衛隊がリュウヤを包囲しようと動き出す。
「しょうがないなあ。」
リュウヤが呟き、包囲されるまで待つ。
「これで逃げ道は無くなったぞ。死ね!」
包囲した者たちが一斉に槍を突き出す。
打ち取った、そこにいる全員がそう思っただろう。
だが、周囲には乾いた金属音が鳴り響いただけだった。
槍を突き出した全ての兵は、自分の目を疑った。槍の穂先の合わさった場所、そこに立っていたのだから。
慌てて槍を引こうとするが、今度は身体が動かない。
「ふむ。魔力というのは、こうやって使うのか。」
"少しは使えるようになったようだな。"
シヴァの念話が入る。実はさっきから念話をしており、魔力の使い方、魔法の使い方のレクチャーを受けていたのだ。
リュウヤは兵士たちを一瞥する。コイツらには興味がない、そんなふうである。
その態度に兵士たちに恐怖心が沸き起こる。
「な、なんだコイツは!?」
「囲まれているのに、なんで平然とできる!?」
そんな兵士たちを尻目に、リュウヤは跳ぶ。跳んだ先は、王の側近らしい男の目の前。そして、リュウヤが居なくなった場所では、兵士たちがへたり込んでいた。
王の側近、ルイ・カルロマン伯爵は恐慌状態にある。
あれだけの兵に囲まれてなぜ生きてる、しかも無傷で。
もはやカルロマン伯爵の頭にあるのは、「殺らなければ殺られる」という、恐怖だけであり、その恐怖から逃れるために、腰の剣を抜いて斬りかかった。いや、斬りかかったつもりだった。そこでカルロマン伯爵の時は止まることになった。永遠に。
リュウヤの手にはギイからもらった剣がある。そのあまりもの斬れ味に、リュウヤも驚く。
あのうるさい男の首を刎ねたにもかかわらず、刃こぼれはおろか刃に血すら付いていない。ドヴェルグが作った武器は全てがこうなのか、ギイが作ったものだからこの斬れ味なのか?
うるさい男が抜きかけた剣を手に持って見る。
うん、わからん。身なりが良かったから、それなりに業物なのだろうが、ギイのくれた剣との違いは、見た目だけではよくわからない。
ここで周囲の視線に気づく。ああ、そういや戦闘中だったっけ。負けるというか、死ぬ予感というものがなさ過ぎて緊張感が抜けてた。
「君らはどうする?」
降伏か、逃げるか?それとも・・・。
「何をやっておる!さっさとヤツを討たぬか!」
苛立つような声が聞こえる。
「それでも余を守る近衛の者か!」
なるほど。降伏は無いだろうと思ってはいたが、逃げるという選択肢も捨てるか。ならば仕方ない。
「誰から死にたい?」
この時、リュウヤの表情も口調も完全に変化していた。
その変化に最も驚いたのは、リュウヤ自身だったりする。いずれひとつに統合されるとはいえ、こんな好戦的な人格が合わさって影響を受けないわけがない。
そんなことを考えているうちに、身体のほうは戦闘に入っている。あのうるさい男から奪った剣をふるうが、やはりギイのくれた剣の方が優れている。斬れ味はもちろん、扱い易さも段違いだ。
瞬く間に十数人を斬り伏せている、そんな自分に恐怖すら覚える。
「次は誰だ?」
そんなセリフが自然に出てくる。正直怖い。
瞬く間に十数人が斬り伏せられたことで、近衛兵たちも斬りかかることを躊躇っている。
悠然とラムジー四世のところに向かって歩き出すリュウヤ。一歩踏み出すと、近衛兵は二歩退がるありさまである。
近衛兵と聞くと、さぞやエリート集団だと思うだろうし、その認識も間違っているとは言えない。ただ、近衛兵というのは親衛隊であり、王のそばにあるため実戦経験が少ないのが現実である。そのため、今回のような劣勢に立たされると意外と脆い。ただ、いかに脆いとはいっても、王を守る最後の盾という誇りはある。いま逃げ出さないのも、その誇りこそが辛うじて繋ぎ止めているのだ。
「陛下をお守りするぞ!!」
発言者にしても、自分を奮い立たせるための言葉なのだろう。そして、その言葉は仲間をも奮い立たせるものでもあった。
「一斉に行くぞ!!」
近衛兵たちは決死の覚悟でリュウヤに挑む。
人の波が押し寄せるが、リュウヤはまったくものともしない。近衛兵のひとりを斬りふせると、その剣を奪いふるう。"敵が武器を運んでくる"、そう嘯いていたのが現実となる。数人を斬り、刃こぼれを起こすと倒した敵から再び剣を奪いふるう。圧倒的な力の差に、辛うじて支えていた近衛兵としての誇りをへし折られていく。
ついに、近衛隊が崩れようとしていた。