戦闘準備
最初に相手の動きを察知したのは、ラニャが所属する隊だった。
「森の中を、たくさんの人が動いてる。だいたい1キロくらいの距離。」
正確な数はわからなくても、方角とおおよその距離がわかれば十分である。
正確な情報が求められる現代戦ではないのだから。
ラニャの報告を聞いた隊長、エルフのアートスはその方角に3人のエルフを偵察に送り込む。
兎人族には劣るが、エルフの聴覚も相当なものである。また、夜の闇に包まれた森の中でも、かなり遠くまで見通せる視力もある。
そしてなにより、エルフにとって森はホームグラウンド。敵に気づかれないように気配を隠すのも、森の中ならお手の物だ。
一時間後、3人は30名ほどの敵集団を発見する。
3人はもっと早く発見できると思っていたのだが、一時間もかかったのには訳がある。
それは、相手が夜の森での行動に不慣れだったことと、森の中だというのに長柄物を持った者が多かったことによる。
そのことから、この集団は傭兵のような実戦経験のある者たちではなく、またしっかりとした軍事訓練を施されていない者と判断される。
「これは、ラニャの耳が良すぎたのか、敵が馬鹿すぎたのか、どっちだろうな。」
偵察のエルフのひとりが呟く。
他のふたりも口にはしないが、思いは同じである。
およそ1キロと言われた距離も、もう少し長く1.5キロ弱だろう。
木の枝を揺らして合図を本隊に送る。
枝の揺らし方で発生する音の違いで、ラニャが受け取り本隊にわかるようにしている。
風の精霊を使うことも考えたのだが、相手に魔法使いや精霊使いがいた場合のことを考慮しての合図だ。
「敵発見。人数は30人あまり。移動速度、極めて遅い。」
ラニャから伝えられ、アートスは判断を下す。
「敵は別働隊だろう。敵本隊は街道側からとみられる。」
そう言って一旦区切る。
「我々は、接近する敵別働隊を迎え撃つ。」
可能な限り、敵は捕縛するように命令が出ている。
そのため、まずは多数の罠の設置を指示する。
その一方で、ラニャにはエストレイシアのもとへ伝令として出す。
「敵別働隊らしきものを発見。この地にて迎撃す。」
ラニャは、その言葉を届けるために走った。
街道側で、敵を発見したのは龍人族の部隊である。
指揮するのはカスミ。
15人の龍人族と兎人族のペテルのみだが、戦闘力でいえば投入部隊中最強である。
「100人くらいのが先頭にいて、その後ろに300人くらいいるよ。」
ペテルの報告に、
「ありがとう、ペテル。」
カスミはその頭を撫でながら礼を言う。
ペテルは嬉しそうに、その長い耳を動かしている。
「ぼくたち兎人族でも、戦いに貢献できるんだね。」
臆病な性質から、戦いに役に立たないとさんざん言われていた兎人族のペテルは、戦いに役立つことができると喜んで、この作戦に参加した。
「そうだな。しかも、敵の発見と伝令だ。とても大きな功績だ。」
カスミの言葉に、ペテルは照れたような表情をみせる。
実のところ、カスミは自分が口にしたことを功績だとは思っていなかった。かつては。
それが変わったのは、リュウヤに諭されたからだ。
敵を早期に発見することが、いかに有利に戦いを進める要素となるのか。
情報を素早く伝えて共有することが、いかに軍全体の行動をスムーズに行えるのか。
「ペテル。エストレイシア殿の元に行き、伝えてくれ。敵を発見。予定通りの行動に移る、と。」
「はい!!」
ペテルは勇んで走り出す。
それを見送りカスミは龍人族の皆んなに命令する。
「こちらに本隊がいた。我々はその想定した行動に移る。」
龍人族の部隊は一旦散開し、敵をやり過ごす。
"この程度の敵なら、我々だけで殲滅できるけどなあ"
念話にてぼやく者がいる。
"そう言うな。可能な限り捕縛しろとの命令だ"
カスミが諭す。
ここは敵をやり過ごし、人間族の部隊と共に包囲網を形成。
敵の逃亡を防ぐ。
可能な限り捕虜にするのは、大地母神神殿総本山への取引材料とするためだ。
エストレイシアよりそう説明され、カスミは理解した。
今回は純粋な戦闘ではなく、むしろ政治・外交目的としての戦闘なのだと。
敵本隊をやり過ごし、人間族の部隊と合流した。