準備万端
リュウヤがユーリャに、「悪い顔してる」と言われる少し前。
ロマリア村の大地母神神殿にて、外部の動きを察したアリフレートは嘆息する。
「ついに動き出しましたか。こんなことをしても、なんにもならないんですけどねぇ。」
本来なら聖女ユーリャを中心にまとまるべきなのに、現実は各派閥が自らの勢力拡大のためにユーリャを手に入れようとしている。
そして各派閥の領袖達は、ユーリャを人格を持った存在だと思っていない。自分たちの派閥に力を与える道具だとみなしている。
それは、かつての自分もそうだった。
すぐに大地母神神殿総本山に送ってしまえばいい、そう思っていた。
それが変わったのは、自分の姉が子供を産んだことだ。
その時の姉の様子を見て、ユーリャを両親から引き離すことに抵抗を覚え、なんやかんや理由をつけては総本山に送ることに反対した。
それがいいことだったのかどうか。
少なくとも悪いことではないだろう。
ユーリャの神託によりこの地に来ることができ、ユーリャに笑顔も増えた。それはとても良いことだと思う。
だが、総本山の者たち、特に派閥争いに血道をあげる者たちには理解されないことだろう。
ふうっと一息つくと、背後に気配を感じて振り向く。
「はじめまして。リュウヤ陛下より貴方の護衛を仰せつかりました、エストレイシアと申します。」
そこにいたのは、褐色の肌を持った長身のデックアールヴの美女だった。
「リュウヤ陛下が?」
「はい。貴方にもしものことがあれば、ユーリャが悲しむと。だから、貴方を含めてユーリャ様に近しい者は全て助けよ。それが陛下のお言葉です。」
その言葉に思わず苦笑する。
「私は、産まれたばかりのユーリャ様と家族を引き裂き、不自由を強いてきました。そんな私は、助けられるに値しません。ですから・・・」
「値するかしないかを決めるのは、貴方ではありません。ユーリャ様が、貴方を助けて欲しいと陛下に願われたのです。そのことを忘れないでいただきたい。」
ユーリャが、自分を必要だと言っている。それだけで全てが報われた気がした。だがそれだけではいけないのだと、エストレイシアの言葉で思い知らされる。
これから、聖女でありながら大地母神神殿から孤立するユーリャを支えなければならないのだ。
「わかりました。リュウヤ陛下と、なによりも聖女ユーリャの意に従います。」
エストレイシアはその言葉に微笑を浮かべ、首肯する。
「それでは、我々は全力を持って全ての障害を排除いたします。」
そうアリフレートに宣言すると、
「聞こえたな?」
部屋の外で控えていた部下たちに確認する。
「「「はっ!即時、行動に入ります。」」」
3名が見事な唱和をすると、一斉に動き出す。
残っていた者二人は、部屋へと入ってくる。
「サラディム、ライキス。お前たちは神殿内にいる者たちを避難誘導せよ。」
「はっ!」
サラディムはすぐに動こうとするが、ライキスはエストレイシアに確認する。
「我々の役目は、戦巫女を守ること。それに外れることになりますが、よろしいのですか?」
「相変わらず生真面目なことだな。」
そう苦笑するが、
「ならば、ここまで来ることができる者が、相手にいると思うのか?」
そう問い返す。
アリフレートらを守るために、リュウヤから「万全を期す」ように特に言われている。
そのため、精鋭を揃えている。
街道に出した5人以外に、龍人族を15人投入し、森での戦闘に長けた両アールヴ50名にエルフ100名。
格闘戦に長けたドワーフ100名。
索敵用に聴覚が非常に優れた兎人族を、ラニャを中心に5人。
さらに、敵を包囲する為の人間族500名。
さて、これでどうやって突破してくるのだろう?
明らかに過剰な戦力だ。
「陛下でもない限り、無理でしょうな。」
「ならば、行け。」
一礼してライキスは行動に移る。
「あ、あの〜。リュウヤ陛下はそれでも突破できるのですか?」
アリフレートの疑問。当然といえば当然の疑問だ。
「あの方は、我国の全軍を持ってしてなんとかなる、かもしれないというところだ。」
「はははは。」
乾いた笑いがアリフレートから出る。
あまりのデタラメな戦闘力に、それ以外出ないというところらしい。
「何をしているのです、エストレイシア。」
静々と、部屋に入って来たのはフェミリンス。
「お前までくるとは思わなかったよ。」
「仕方がないでしょう。サクヤ様が出ようとされていたのですから。」
それを止めるために、いわばサクヤの名代としてフェミリンスが出張ることになったのだ。
「それに、大地母神の聖女殿にお会いしたいとも思いましたから。」
大地母神と調和者フォリア)は同一視される。
そのため、聖女ユーリャはアールヴたちにとっても重大な関心事なのだ。
「村人たちには、眠りの魔法をかけておきました。」
これで、気がついた村人たちによる混乱は起きないだろう。
準備は万端に整った。
後は、賊徒たちの襲撃を待つだけだった。